上横手雅敬

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上横手 雅敬(うわよこて まさたか、1931年昭和6年〉3月7日 - )は、日本歴史学者。専門は、日本中世政治史・日本中世社会史。学位は、文学博士[1]京都大学名誉教授。和歌山県出身。

略歴

若き日に中世史において画期的で洞察に満ちた見解を数多く示した。

後鳥羽は当初武家の臣従を前提とする公武融和路線を取り、建保6年(1218年)の政子上洛時に、幕府と後鳥羽との間に後鳥羽の皇子を実朝の養子として東下させ、後継将軍とする密約が成立していたと説いた(「北条泰時」1958年、「承久の乱」1962年)。

また、承久の乱に際し、大江広元以外の武士たちが唱えた迎撃によれば鎌倉方は敗れていたであろうとし、広元の功績を特筆した。

「鎌倉幕府と公家政権」(1975年)において、鎌倉時代政治史の骨格を以下のように鮮やかに描き出した。

鎌倉殿独裁(頼朝頼家・政子)⇔院政(後白河・後鳥羽)→ 承久の乱・政子没(1225年)・頼経将軍→ 執権政治(泰時経時)⇔権臣政治(公経道家)→ 宮騒動・道家失脚(1246年)・宝治合戦得宗専制(時頼以降)⇔幕府による朝廷支配

その他の活動

  • 1953年(昭和28年)11月 史学研究会委員(1956年3月まで)
  • 1970年(昭和45年)4月 史学研究会評議員(1974年11月まで)
  • 1971年(昭和46年)
  • 1973年(昭和48年)4月 和歌山県史編さん委員会専門委員(1994年3月まで)
  • 1974年(昭和49年)11月 史学研究会理事(1989年6月まで)
  • 1975年(昭和50年)7月 島根県文化財専門委員(現:島根県文化財保護審議会委員)。現在に至る。
  • 1984年(昭和59年)4月 京都府相楽郡加茂町史編纂委員会委員
  • 1985年(昭和60年)4月 「安徳天皇の御事績について」を昭和天皇に進講
  • 1989年(平成元年)6月 史学研究会監事(1992年6月まで)
  • 1991年(平成3年)
    • 3月 島根県知事より「神々のふるさと島根遣島使」を委嘱(現在に至る)
    • 6月 (和歌山県伊都郡高野口町(現在の和歌山県橋本市)文化財研究会顧問
  • 1992年(平成4年)6月 史学研究会理事(1994年6月まで)
  • 1995年(平成7年)4月 国立歴史民俗博物館共同研究員(1997年3月まで)
  • 2003年(平成15年)4月 国際日本文化研究センター共同研究員(2005年3月まで)
  • 2004年(平成16年)7月 和歌山県橋本市史編纂委員会委員(現在に至る)

門下生

受章・受賞等

  • 1994年11月、和歌山県文化賞受賞
  • 1998年10月、京都市長より感謝状を受ける(優れた文化創造に尽力したとして)
  • 2010年秋、瑞宝中綬章受章

著書

脚注

外部リンク

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