藤原秀子 (歌手)
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羽衣学園短期大学在学中に、中川砂人らとPPMスタイルのフォークバンド「ザ・ウィンストンズ」を結成。
『フーコさん』の愛称で親しまれ、華奢な身体から発せられるハスキーで太い個性的な唄声と、西岡たかしとの絶妙なハーモニーで多くのフォークファンを魅了した。
1967年の「五つの赤い風船」結成時から参加。
1971年の第3回全日本フォークジャンボリーにはリーダーの西岡たかしが渡米中だったため[2]、メンバーの東祥高と2人でトン・フー子名義で出演した[3]。
グループ解散と同時に引退。東と結婚。2児の母となっている。
自作曲が半数以上を占める唯一のソロアルバム『私のブルース』(1970年発売)は長らく廃盤だったが、2015年7月にグリーンウッドレコーズより復刻された[3]。
60代で難病(大脳皮質基底核変性症:CBD)を発症し、闘病を経て2013年に死去した。