西岡たかし

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出生名 西岡隆
生誕 (1944-05-27) 1944年5月27日(81歳)
出身地 日本の旗 日本大阪府
活動期間 1967年 -
西岡たかし
出生名 西岡隆
生誕 (1944-05-27) 1944年5月27日(81歳)
出身地 日本の旗 日本大阪府
活動期間 1967年 -
レーベル

URCレコード

ビクター音楽産業
メンバー 五つの赤い風船

西岡 たかし(にしおか たかし、本名: 西岡 隆、1944年5月27日 - )は、日本のフォークシンガー

ギターの他に、オートハープも演奏する。

大阪から疎開していた四国で生まれ[1]大阪府大阪市生野区鶴橋で育つ[2]

海軍で毎日洗濯担当だった父から、海軍記念日5月27日)に生まれた子供だから、海軍大将だった西郷隆盛からと、隆と名付けられる[2]

三人の兄と妹がいる。

中学一年生の頃、友人宅に置いてあったギターをはじめて間近で見て驚き、そのギターを借りて友人に教えてもらいながら弾いたのが「酒は涙か溜息か」。あまりにも簡単に弾けてしまい、興味が薄れてしまったが、そこからしばらくしてまたギターに触れるようになり、中学三年生の頃に初めて作った曲が「たそがれ」。詩に興味を持ち出したのもこの頃で、幼少の頃より字を書くのも読むのも嫌いだったが、三人の兄から字を書け書けと言われ続けるも何もしない状態に見かねて、日記帳まであてがわれ、仕方なくその日にあったことを2~3行つづっていたら、それが6行と少しずつ増えていき、そのことをきっかけに本屋で詩集を立ち読みしたり、買って読んだりするようになった。それを見た三番目の兄から薦められてマルキドサドの「悪徳の栄え」を読まされると、この頃から本好きになり、次々とその兄からも推薦本が持ちこまれるようになる[2]

高校二年の頃は、大阪千日前付近のジャズ喫茶に入り浸るようになる。その頃あるジャズ喫茶のジャズ・トリオのメンバーに歌うのを勧められて、『Love Is a Many-Splendored Thing』(ラブ・イズ・ア・メニー・スプレンダード・シング、「慕情」の邦題で知られる)が舞台上の人前で初めて歌った歌。勧めたメンバーも「下手やなぁ」と言いつつも、歌う日々が続き、兄が観に来たりしてるうちに、母から「そんなに歌が好きなら歌謡学校にでも行きなさい!」と言われて、入学金でもらったお金ではじめてピックギターを買う[2]

ギターを買ってからはジャズ喫茶通いはやめて、毎日10時間ほど練習する日々が続く。仲間を集めてプラターズのようなコーラスグループを作って活動するも、うまくいかない中、友人から借りた「ハンク・ウィリアムス」の衝撃を受け、そこからアメリカン・フォークにはまっていく。その流れで大阪の「アメリカ民謡研究会」に入り、色々と調べていくと、その中のメロディーはヨーロッパ的なものではなく東洋的なものであると感じられ、日本の楽器・琵琶にたどり着き、この琵琶を買って弾いたり、関連のレコードを買い込み聞くようになる[2]

高校を卒業すると、北浜の証券会社に就職。この時期証券会社の景気はよく、初任給の前にボーナスまで出るほどだった。1年ほどして北浜の本社から町の小さな営業所に異動。このとき目にした下落した株で意気消沈した顧客や臆面もなく金儲けに没頭している顧客を見て、「自分は何か悪いことをしてるんじゃないか」と思うようになり退社。可愛がってくれた部長を前に本音は言えず「どうしても音楽をやりたいからやめます」と伝える[3]

小学校の頃から絵が好きだったので、将来は音楽関係か美術関係と悩みつつ、浪人する形で東京の美術学校の彫刻家に入ろうとの進路を目指す時期が1年ほどつづく。父母に置手紙を残して、日本の民謡を学ぶべく秋田へ向かう。失恋のショックもあったが、このときに出会った田舎の方々の親切な経験から心から歌を作りたいと思うようになる[2]。秋田には一晩だけだったが、そこから関西でブルーグラスミュージックをやっていた演奏仲間が、早稲田大学でブルーグラスの同好会をやっていることもあり、その仲間を頼って東京に行き居候状態になる。この間、新宿南口の喫茶店でボーイやバーテンのまねごとをやっていた[3]

1966年にはビーズ刺繍の大きな店の工場に就職。その頃アンデパンダンという公募展があり、出展するも受かることはなかった。しらばく勤めながら、刺繍のことがわかってきたので、自らセールスしたところ仕事がもらえるようになった。ただ年が若く見られることで見くびられるのではないかと、後にトレードマークとなる髭を生やすようになる[3]

1967年にフォークグループ五つの赤い風船を結成しリーダーを務める。グループ活動と並行して、ソロ活動や多数のセッションにも参加、独特の前衛的サウンドで当時のフォーク界と一線を画す。1972年にグループは解散。その後はソロ活動の他、作曲やプロデュース活動も始める。近年、グループとしての活動も再開した。

五つの赤い風船には、中川イサト藤原秀子有山淳司長野隆東祥高金森幸介永井洋青木まり子、竹田裕美子らが歴代のメンバーとして在籍している。

1973年7月に橋口幸代と結婚するも離婚。1980年代に入ってからは、離婚によって引き取った息子の子育てをしていた。息子と会話し、朝は弁当を作って学校に送り出す。そんな生活を続けていた。「作品を発表する話は頂いたけど、まったくその気になりませんでした。子育てに追われていましたからね。子育てと音楽を作るのとどちらが大切かなんて愚問でしょ。子育てより大切なものなんてありませんでしょ」と語っている[4]

2012年7月には7年ぶりのソロアルバム「おくのほそ道 抜粋」を発表。

また、なぎら健壱が同年同月に「五つの赤い風船とフォークの時代」を発刊。

ライブでは軽妙な語り口のMCを行う事で知られ、曲間の繋ぎに留まらず演奏中であっても延々としゃべり続けるというスタイルをとる。

ディスコグラフィ

※ 五つの赤い風船時代の楽曲は、「五つの赤い風船」参照。

シングル

発売日 タイトル 規格 規格品番
ビクターレコード
1971年9月 A そんなに愛が欲しいのなら EP SF-7
B 気ままな暮らし
1972年3月 A ボクらの町をうたおう EP SF-20
B ボクは風
1975年8月 A 上野市(うえのまち) EP SF-99
B 花と空に
1976年5月 A 君がやって来る EP SF-6002
B
1976年10月 A バラのお嬢さん EP SF-6012
B 君は今が美しい
1976年11月 A ボクたち大阪の子どもやでェ! EP KV-46
B ボクたち大阪の子どもやでェ!(カラオケ)
1977年6月 A 君のひとみの歌 EP SF-6027
B 一枚のレコード
1978年9月 A 青春の足跡 EP SV-6472
B 君のスターライトシップ
1979年6月 A 愛情リンゴ EP SV-6601
B 倖せの魔法
1979年12月 A 田舎町のうまい酒 EP SV-6667
B あした
1982年9月 A 美津子 EP SV-7253
B 上野市
1993年7月21日 1 遠い世界に 8cmCD
2 少年のように

プロモ盤

  • 仔犬のシロ/それからね(1977年)

アルバム

オリジナル・アルバム

発売日 タイトル レーベル 規格 規格品番
URC
1973年2月5日 満員の木 URC LP URG-4018
1977年7月 URC LP UX-8023
1989年10月25日 kitty CD H20K25040
1995年12月6日 東芝EMI CD TOCT-9292
2002年10月9日 Avex Io CD IOCD 40024
2015年9月30日 Greenwood Records CD GRCL-6057-8

DMCA-30603

2023年3月17日 ビクターエンタテインメント 配信
2023年9月27日 Sony Music Direct Blu-spec CD2 MHCL-30897
ビクター音産
1975年1月25日 哀しい歌 ビクター音産 LP SF-1047
ビクター音産 LP SF-10030
2006年10月25日 ビクターエンタテインメント CD VICL-62153
2017年8月9日 ビクターエンタテインメント 配信
1975年8月 スープ ビクター音産 LP SF-1059
1975年 ビクター音産 LP SF-10042
1992年9月23日 ビクターエンタテインメント CD VICL-2097
2006年10月25日 ビクターエンタテインメント CD VICL-62154
2017年8月9日 ビクターエンタテインメント 配信
1976年5月 風博士 ビクター音産 LP SF-10059
2006年10月25日 ビクターエンタテインメント CD VICL-62155
2017年8月9日 ビクターエンタテインメント 配信
1977年2月 私の耳はロバの耳 ビクター音産 LP SF-10066
2023年9月27日 ビクターエンタテインメント 配信
1977年11月5日 子供たちに贈る愛の詩 ビクター音産 LP SJX-20026
2023年9月27日 ビクターエンタテインメント 配信
1978年3月 モス ビクター音産 LP SJX-20055
2023年9月27日 ビクターエンタテインメント 配信
1979年9月25日 田舎町のうまい酒 ビクター音産 LP SJX-20159
2023年9月27日 ビクターエンタテインメント 配信
1981年1月 らいふ ビクター音産 LP SJX-30050
2023年9月27日 ビクターエンタテインメント 配信
1992年 西岡たかし'92[注釈 1] ビクター音産 CD
1994年5月21日 50+OMAKE ビクターエンタテインメント CD VICL-526
2023年7月26日 ビクターエンタテインメント 配信
ダイキサウンド
2002年10月25日 瞳の青年 西岡たかし with piano ダイキサウンド CD ESD-3
テイチクエンタテインメント
2005年10月26日 storage~ボクの見た時代~ テイチクエンタテインメント CD TECH-25082
disk union
2012年7月25日 おくのほそ道 抜粋 disk union CD FJ-41

ライブ・アルバム

発売日 タイトル レーベル 規格 規格品番
ビクター音産
1976年1月 ライブ夢商人 ビクター音産 LP SF-10053
2006年11月22日 ビクターエンタテインメント 配信
1979年3月25日 十年目・西岡たかし/大阪ライブ ビクター音産 LP SJX-20117

ベスト・アルバム

発売日 タイトル レーベル 規格 規格品番
1975年11月25日 コレクション ビクター音産 LP
2023年9月27日 ビクターエンタテインメント 配信
1976年10月15日 風の色になれ/西岡たかしベストコレクション ビクター音楽産業 LP SF-5027-28

セッション

発売日 タイトル レーベル 規格 規格品番
1973年7月 西岡たかしとたくさんの風船達

~西岡たかし/日フィル・コンサート・ライヴ~

ビクター音産 LP SF-1036
1992年9月23日 ビクターエンタテインメント CD VICL-2096
2006年10月25日 ビクターエンタテインメント CD VICL-62152
ビクターエンタテインメント 配信
1970年11月 溶け出したガラス箱

※ 木田高介西岡たかし斉藤哲夫の「吐痙唾舐汰伽藍沙箱」名義のスタジオプロジェクト

URC LP URG-4003
1973年12月 ともだち始め

※ 泉谷しげる中川イサト

エレックレコード LP ELW-3006
2006年7月26日 エレックレコード CD VPCC-84562
2009年5月20日 ポニーキャニオン HQCD PCCA-50114
2013年6月26日 ワーナーミュージック CD WPCL-11488/9
2023年11月21日 配信

プロデュース

  • 「恋人もいないのに」シモンズ
  • 『ゆうすげびとのうた』武部行正

出演番組

劇伴

著書

公式ホームページ

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