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藤原良範

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時代 平安時代前期
生誕 不詳
死没 不詳
 
藤原 良範
時代 平安時代前期
生誕 不詳
死没 不詳
官位 従五位下、大宰少弐、筑前守
主君 陽成天皇→光孝天皇
氏族 藤原北家長良流
父母 父:藤原遠経、母:丹墀門成の娘
兄弟 良範、茂範、数範、尚範
妻 不詳
子 純春、純美、純友、純乗、純正、純素、純行、純業
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藤原 良範(ふじわら の よしのり)は、平安時代前期の貴族。藤原北家、右大弁・藤原遠経の子。官位は従五位下・大宰少弐・筑前守。

陽成朝にて、皇太后・藤原高子に皇太后宮少進として仕えるが、元慶6年(882年)に皇太后宮大夫・藤原国経らほかの皇太后宮職の官人らとともに叙位を受け、良範は従五位下に叙爵される。その後、周防介と地方官に転じるが、光孝朝の仁和元年(885年)侍従に任じられ京官に復した。

のち、大宰少弐・筑前守と再び地方官を務めている。

官歴

注記のないものは『日本三代実録』による。

系譜

脚注

参考文献

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