藤野忠次郎 From Wikipedia, the free encyclopedia 藤野 忠次郎(ふじの ちゅうじろう、1901年2月21日 - 1985年7月23日)は、日本の経営者。三菱商事社長、会長を務め、「三菱商事の中興の祖」でもある。埼玉県出身[1]。 1925年に東京帝国大学法学部を卒業し、三菱商事に入社[1]。1956年5月に常務に就任した[1]。戦後直後に渉外部長として、財閥解体でGHQとの折衝役を務めた[2] 1947年に取締役に就任し、1964年5月に副社長に就任した[1]。1966年4月に社長に就任し、1967年に三井物産を抜き、総合商社トップの座につくことを実現させた[1][3]。1974年に会長に就任した[1]。東京商工会議所副頭取、三菱電機取締役、三菱倉庫取締役、三菱重工業取締役、金曜会の代表世話人なども歴任した[1][3]。 ハーバード大学に日本研究活動助成金100万ドルを寄付するなど国際交流にも尽力した[3]。 1971年4月に勲二等旭日重光章を受章し、1981年4月に勲一等瑞宝章を受章した[1]。 1985年7月23日呼吸不全のために死去[2]。84歳没。 脚注 [脚注の使い方] 1 2 3 4 5 6 7 8 興信データ株式會社 1985, ふ119頁. 1 2 1985年 7月23日 日本経済新聞 夕刊 p1 1 2 3 1985年 7月24日 日経産業新聞 p23 参考文献 興信データ株式會社『人事興信録 第33版 下』興信データ、1985年。 表話編歴三菱商事社長三菱商会 岩崎弥太郎(1873年) 岩崎弥之助(1885年) 岩崎久弥(1893年) 岩崎小弥太(1916年) 旧三菱商事 田中完三(1943年) 服部一郎(1945年) 高垣勝次郎(1947年) 三菱商事 高垣勝次郎(1954年) 荘清彦(1960年) 藤野忠次郎(1966年) 田部文一郎(1974年) 三村庸平(1980年) 近藤健男(1986年6月) 諸橋晋六(1986年11月) 槙原稔(1992年6月) 佐々木幹夫(1998年) 小島順彦(2004年) 小林健(2010年6月) 垣内威彦(2016年4月) 中西勝也(2022年4月) Related Articles