1970年代後半に周囲に堤防が築かれるまでは、落花生と蜀黍が栽培される漢江沿いの低地であった。また、葦が生い茂り、渡り鳥の楽園ともいわれた。1978年以降、ソウルの公式ごみ埋立地に指定され、大韓民国の産業化の過程で、ソウルの急速な膨張とあいまって15年間に膨大な量の産業廃棄物、建設廃資材、生活ごみなどが集積され、高さ100mほどの巨大な2つの山に変じた
[2]。1993年に収容力の限界に達し、蘭芝島のごみ埋立地は閉鎖され、ソウルのごみは京畿道金浦郡黔丹面 (現・仁川広域市西区) に造成された首都圏埋立地で廃棄されるようになった。