蛭田達也
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1981年(昭和56年)、第27回少年マガジン新人漫画賞を『コータローまかりとおる!』(読切版)で受賞し、デビュー。
代表作は、空手の達人で明るく女好きの主人公が活躍する学園コメディー『コータローまかりとおる!』。単行本未収録の読み切り作品『あいつがKYOKI』を除いて、作品はこのシリーズのみである。
1986年(昭和61年)、『コータローまかりとおる!』で第10回講談社漫画賞少年部門を受賞。
2004年(平成16年)、長年患っていた腰痛が悪化したため、病気療養と発表した。長期間の休載に入って以降、一般には消息が途絶えていたが、2011年(平成23年)発行の「マイケル教えて!被災猫応援の教科書」(ISBN 978-4063761542)において作品を寄稿。この時「失業中(サボリ中)」とコメント。既に20年近く漫画家としての活動履歴が無いため、現在においては、事実上の引退状態と言える。
人物
- ヘヴィメタルを愛好するメタラーで、仲間内でバンドを組んでおり、『コータロー』でもメタルやハードロックを軸にした話(第六部)を描いている。
- 猫好きであり、自宅にて何匹もネコを飼っていたことから、『コータロー』の柔道編ではネコたちが登場していた。
- 当時、人気を博していたドラマ「古畑任三郎」をこよなく愛し、『コータロー』の柔道編ではパロディーとして、作品内でミステリー展開を入れていた。さらに欄外で『金田一少年の事件簿』のエピソードの一つである「魔犬の森の殺人」の真相当てに挑戦し、問題編が最後まで連載される前に正答を導き出した。
- 1984年に『コータロー』が実写映画化された際には、柔術部の百人組手でコータローが対戦する相手の一人として特別出演している。主演の黒崎輝の頬に強烈なキスをして「ヒルみたいな奴ちゃ」と押しのけられた際に「蛭田だ!」と名乗り、原作者と知ったコータローが土下座をするコントが繰り広げられた。