衣掛山
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位置
北緯35度37分10.10秒 東経136度04分29.38秒 / 北緯35.6194722度 東経136.0748278度座標: 北緯35度37分10.10秒 東経136度04分29.38秒 / 北緯35.6194722度 東経136.0748278度
山系
野坂山地
| 衣掛山 | |
|---|---|
|
敦賀市道口の禅源寺から見た衣掛山と敦賀衣掛大橋 | |
| 標高 | 181[1] m |
| 所在地 |
福井県敦賀市 |
| 位置 | 北緯35度37分10.10秒 東経136度04分29.38秒 / 北緯35.6194722度 東経136.0748278度座標: 北緯35度37分10.10秒 東経136度04分29.38秒 / 北緯35.6194722度 東経136.0748278度 |
| 山系 | 野坂山地 |
登山
伝承
山名の由来となっている源義経の言い伝えがある。義経一行が奥州に落ちのびる際、近江から敦賀へ北上しようと三ノ口(現在の敦賀市道口)手前に差し掛かったが、すでに関所が設けられ、越えることが容易でない状況であった。そこへ三ノ口村の美尾屋十郎が出迎え、抜け道への案内を申し出た。村外れの雁山の道無き道を抜け、ようやく、川向うに美尾屋の屋敷が見えるところまでたどりついた。義経は、一息入れ、汗を拭おうと、衣を松の木に掛けた。その後、美尾屋に逗留し、出立するとき、「きぬかけし松おもおも江そのむかし 花とは若葉のみどりなりけり」と詠み、色紙に残した。また、「困ったときに開けよ」と言って、お礼に箱を手渡した。このような経緯で、雁山は衣掛山と呼ばれるようになり、当時の関所跡は関ヶ谷の地名で残った。また、箱は開けずの箱として禅源寺に伝わるという。
ギャラリー
- 敦賀衣掛大橋の真下
- 衣掛山登山道から見た敦賀衣掛大橋
