この衣食足りて礼節を知るという言葉は、中国の古典の『管子』の『牧民』からの言葉である。この『管子』というのは春秋時代の思想家であった管仲の言葉を記録した書物である。管子というのは斉の桓公に仕える宰相でもあり、斉を強国にするためには、民衆の生活に余裕を生むことが必要であると考える。『牧民』の中では『倉廩実則知礼節、衣食足則知栄辱』と記されており、これが衣食足りて礼節を知ると訳せる。『倉廩』とは米蔵で、『栄辱』とは栄誉や恥辱である。民衆というのは食料が満たされてこそ道徳心を持つようになり、衣服や食料が満たされてこそ栄誉と恥辱の違いを考えるようになるということであった[3]。