西別府廃寺跡
埼玉県熊谷市西別府に所在する古代寺院跡。幡羅官衙遺跡群を構成する遺跡の1つ。
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概要
出土品
熊谷市立江南文化財センター展示。埼玉県北部、櫛挽台地の北端に位置する[1]。古くから古瓦が採集されているほか、1990年(平成2年)以降に数次の発掘調査が実施されている。
寺域は東西100メートル・南北200メートルと推定され、寺域西限の区画溝とみられる幅5メートルの溝が確認されている。主要伽藍は詳らかでないが、基壇建物跡1棟のほか、瓦溜まり状遺構・竪穴建物跡などが確認されている[2]。寺域では多くの瓦が採集されており、そのうち西戸丸山系軒丸瓦は岡廃寺(深谷市)・大久保領家廃寺(さいたま市)との関係を示唆する[2]。
創建時期は奈良時代の8世紀初頭頃と推定され、平安時代の9世紀後半頃までの存続が確認される[2]。一帯では西別府廃寺を含めた幡羅官衙遺跡群(幡羅官衙遺跡・西別府遺跡・西別府祭祀遺跡)が所在しており、郡家・祭祀場・寺院が揃って把握される貴重な遺跡群の一角として重要視される。
なお、遺跡群のうち幡羅官衙遺跡・西別府祭祀遺跡は2018年(平成30年)に指定名称「幡羅官衙遺跡群」として国の史跡に指定されたが、西別府廃寺は史跡指定には至っていない。出土品は2026年(令和8年)に埼玉県指定有形文化財に指定されている。
遺跡歴
文化財
関連施設
- 熊谷市立江南文化財センター(熊谷市千代) - 西別府廃寺跡の出土品を展示。

