Wikiwand AI

西別府廃寺跡

埼玉県熊谷市西別府に所在する古代寺院跡。幡羅官衙遺跡群を構成する遺跡の1つ。 From Wikipedia, the free encyclopedia

西別府廃寺跡(にしべっぷはいじあと)は、埼玉県熊谷市西別府にある古代寺院跡。史跡指定はされていない。出土品は埼玉県指定有形文化財に指定されている。

西別府廃寺跡付近 概観
西別府廃寺跡の位置(埼玉県内)
西別府廃寺跡
西別府
廃寺跡
西別府廃寺跡の位置
About OpenStreetMaps
Maps: terms of use
450m
491yds
西別府館跡
西別府廃寺跡
西別府祭祀遺跡
遺跡の位置

幡羅官衙遺跡・西別府祭祀遺跡(いずれも国の史跡)とともに、古代幡羅郡の郡衙関連遺跡群である幡羅官衙遺跡群を構成する。

概要

出土品
熊谷市立江南文化財センター展示。

埼玉県北部、櫛挽台地の北端に位置する[1]。古くから古瓦が採集されているほか、1990年(平成2年)以降に数次の発掘調査が実施されている。

寺域は東西100メートル・南北200メートルと推定され、寺域西限の区画溝とみられる幅5メートルの溝が確認されている。主要伽藍は詳らかでないが、基壇建物跡1棟のほか、瓦溜まり状遺構・竪穴建物跡などが確認されている[2]。寺域では多くの瓦が採集されており、そのうち西戸丸山系軒丸瓦は岡廃寺(深谷市)・大久保領家廃寺(さいたま市)との関係を示唆する[2]。

創建時期は奈良時代の8世紀初頭頃と推定され、平安時代の9世紀後半頃までの存続が確認される[2]。一帯では西別府廃寺を含めた幡羅官衙遺跡群(幡羅官衙遺跡・西別府遺跡・西別府祭祀遺跡)が所在しており、郡家・祭祀場・寺院が揃って把握される貴重な遺跡群の一角として重要視される。

なお、遺跡群のうち幡羅官衙遺跡・西別府祭祀遺跡は2018年(平成30年)に指定名称「幡羅官衙遺跡群」として国の史跡に指定されたが、西別府廃寺は史跡指定には至っていない。出土品は2026年(令和8年)に埼玉県指定有形文化財に指定されている。

遺跡歴

  • 1955年(昭和30年)11月3日、採集古瓦が熊谷市指定有形文化財に指定[3]。
  • 1990年(平成2年)、民間開発に伴う発掘調査:第1次(熊谷市教育委員会、1992年に報告)。
  • 1992年(平成4年)、民間開発に伴う発掘調査:第2次(熊谷市教育委員会、1994年に報告)。
  • 2009年-2010年度(平成21-22年度)、範囲内容確認調査:第3-4次(熊谷市教育委員会、2012年に報告)[4]。
  • 2016年度(平成28年度)、民間開発に伴う発掘調査:第5次(熊谷市教育委員会、2018年に報告)[5]。
  • 2026年(令和8年)3月17日、出土品が埼玉県指定有形文化財に指定。

文化財

埼玉県指定文化財

  • 有形文化財
    • 西別府廃寺出土品 254点(考古資料) - 2026年(令和8年)3月17日指定[6]。

熊谷市指定文化財

  • 有形文化財
    • 古瓦 25点(考古資料) - 軒丸瓦、軒平瓦、丸瓦、平瓦、瓦塔。所有者は安楽寺。1955年(昭和30年)11月3日指定[3]。

関連施設

  • 熊谷市立江南文化財センター(熊谷市千代) - 西別府廃寺跡の出土品を展示。

脚注

参考文献

関連文献

関連項目

外部リンク

Related Articles

Timelines

Top Qs

Fact Checks