西升子
From Wikipedia, the free encyclopedia
天保12年(1841年)12月10日、江戸に生まれる。父は伊勢国長島藩増山家や越後国糸魚川藩松平家に仕えた医師の石川有節、母は通子。幼名をみち、成長してつたといい、後に升とあらためた。兄の石川宗碩も医師で、宗碩の養子・一佐久の兄に藤巻太一がいる[1][2]。
天保15年(1844年)に母通子が死去したため、江戸深川木場の酒商鈴木竹次郎の養女となるが、翌年鈴木家が没落したため、生家に戻った。嘉永7年(1854年)に戸田采女正家の御小姓見習いとなる。安政6年(1859年)3月、西周と結婚。周が幕府派遣留学生としてオランダに留学中、松平家の夫人に仕えた。周との間には子がなかったため、明治2年(1869年)2月、林洞海六男の紳六郎を養子に迎える。明治7年(1874年)には手塚律蔵(瀬脇寿人)の次女の好子を養子とする。兄求の次女定子も養子となった。
西周が病に倒れたのち、そろって明治25年(1892年)に大磯の別宅に移った。周には麻痺が生じ、言葉も不明瞭になったが、升子のみ、その意を解することができたという。明治30年(1897年)1月31日、西周と死別。大正10年(1921年)11月27日に大磯で死去。青山墓地に葬られた。
日記
歌人として
著作
- 『磯菜集』西升子[著] ; 山邊定子編 民友社印刷部(印刷), 1910.4(https://ci.nii.ac.jp/ncid/BA31908704)
- 『ももよぐさ』西升子 [著], 山辺定子 [編]著. 山辺定子, 1922.11(全国書誌番号:000001822347、doi:10.11501/1907021)
- 「百世草抄(西升子)」『現代短歌大系 第1巻』河出書房, 1952, pp.256~257(全国書誌番号:000000965262、doi:10.11501/1344045)
- 「西升子「磯菜集」」『女人和歌大系 第5巻 (近代期前編)』長沢美津 編, 風間書房, 1978.6, pp.126~146(全国書誌番号:000001379221、doi:10.11501/1349732)