西塩子
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| 西塩子 | |
|---|---|
| 町・字 | |
|
西塩子地区境界図 | |
北緯36度35分00.4秒 東経140度20分38.4秒 / 北緯36.583444度 東経140.344000度座標: 北緯36度35分00.4秒 東経140度20分38.4秒 / 北緯36.583444度 東経140.344000度 | |
| 座標位置:地区中心点の座標 | |
| 国 | 日本 |
| 都道府県 |
|
| 市町村 | 常陸大宮市 |
| 地域 | 大宮地域 |
| 地区 | 西塩子区 |
| 人口情報(2020年(令和2年)国勢調査) | |
| 人口 | 145 人 |
| 世帯数 | 70 世帯 |
| 面積(2020年) | |
| 3.348236638 km² | |
| 人口密度 | 43.31 人/km² |
| 標高地区中心点標高 | 75 m |
| 郵便番号 | 319-2225 |
| 市外局番 | 0295 |
| ナンバープレート | 水戸 |
西塩子(にししおご)は、茨城県常陸大宮市の大宮地区の一地区(字名)である。

歴史
中世の頃は常陸国久慈西郡に属していた。中世期には地区の領主が直接耕作する直営田、すなわち「御正作(ミショウサク)」が地区内にあった。その地は「上の内」という集落の「ミソノ作」という小字名の地である[3]。
慶長(1596年から1615年)までは「塩篭村」と呼んでいたといい、その由来は土地に塩気があったからという[4]。
佐竹氏領から水戸藩領に代った江戸時代では那珂郡西塩子村であり、1889年(明治22年)に他村と合併して塩田村となり、その大字となる。以後下表の変遷を経て現在にいたる[5][6]。
| 1868年以前 | 明治22年4月1日 | 昭和30年7月1日 | 昭和33年 | 平成16年10月16日 | 現在 |
|---|---|---|---|---|---|
| 西塩子村 | 塩田村 | 大宮町に編入 | 大宮町 | 山方町が美和村、緒川村、御前山村と共に大宮町に編入
同日、大宮町が常陸大宮市に市制改称 |
常陸大宮市 |
| 北塩子村 | |||||
| 照田村 | |||||
| 山方町に編入 | 大宮町に編入 | ||||
| 山方町 | |||||
| 長田村 | |||||
| 長沢村 |
行政区域
小字
かって存在した地区内の小字名[7]
塩ノ草(しおのくさ)、石ノ根(いしのね)、西タリ(にしたり)、前ノ谷津(まえのやつ)、田代(たしろ)、谷津(やつ)、牛久保(うしくぼ)、塚田(つかだ)、三角田(みすみだ)、登屋(とや)、鶴巻田(つるまきだ)、竹の久保(たけのくぼ)、ノテ久保(うしくぼ)、沼田(ぬまた)、池之入(いけのいり)、岡辺畑(おかべばた)、柿木田(かきのきだ)、北ノ作、山口(やまぐち)、コイジ、間ノ谷津(まのやつ)、吉田(よしだ)、荒地(あらじ)、南沢(みなみざわ)、大谷津(おおやつ)、トウボウシ、明ケ谷津(みょうがやづ)、大作(おおさく)、河内谷津(こうじやづ)、新次郎谷津(しんじろうやつ)、登屋下(とやした)、栗並(くりなみ)、木ノ下、河原田(かわらだ)、冷水場(ひやみずば)、門前平(もんぜんだいら)、寺前(てらまえ)、森前(もりまえ)、滝山下(たきやました)、滝山(たきやま)、河内(こうぢ)、三升発句(さんじょうほっく)、追越(おつこし)、上ノ内(じょうのうち)、上ノ内下(じょうのうちした)、ミソウ作、織石下(はたおりいしした)、北ノ内(きたのうち)、細谷津(ほそやつ)、滝ノ谷津(たきのやつ)、常福(じょうふく)、蟻塚(ありづか)、織石上(はたおりいしうえ)、所貫(ところぬき)、トウカ山、カブ町、エチガ入、所貫谷津(ところぬきやつ)、入道谷津(にゅうどうやつ)、荒田谷津(あらだやつ)
班
常陸大宮市では市内に区制制度を導入し、更に区の中は20戸程度を目安とした班に分けて地域サービスを行っている。西塩子地区は次の班に区分けされている(2025年現在)[8]。
- 吉田班
- 上ノ内班
- 森前班
- 牛久保班
- 登屋班
- 山口班
人口と世帯数
| 年 | 人口 | 世帯数 | ||
|---|---|---|---|---|
| 総数 | 男 | 女 | ||
| 1995(H7) | 287 | 135 | 152 | 82 |
| 2000(H12) | 255 | 124 | 131 | 75 |
| 2005(H17) | 237 | 123 | 114 | 76 |
| 2010(H22) | 199 | 100 | 99 | 73 |
| 2015(H27) | 168 | 87 | 81 | 72 |
| 2020(R2) | 145 | 77 | 68 | 70 |
| 年 | |||||
|---|---|---|---|---|---|
| 1995 |
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||||
| 2000 |
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| 2005 |
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| 2010 |
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| 2015 |
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| 2020 |
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| 0~14歳(赤) | 15~64歳(黄) | 65歳以上(緑) | 不詳(灰色) |
1891年(明治24年)で戸数63、人口396人[21]。2020年(令和2年)国勢調査では人口145人の内65歳以上は76人で高齢化率52.4パーセントである。これは日本全体の高齢化率28.6パーセント(令和2年国勢調査結果)と比べ著しく高い数値である[22]。
施設
学校
西塩子地区内には公立の小学校、中学校はない。地区在住の児童は小学校は大宮北小学校(常陸大宮市東野2333番地)に通学する[23]。大宮北小学校は2010年(平成22年)4月に塩田小学校(常陸大宮市北塩子623)と玉川小学校(新設の大宮北小の位置)を統合して誕生した小学校である。西塩子地区の児童は塩田小学校に通っていた[24][25]。
大宮北小学校の児童は大宮中学校に通学する[23]。
病院・診療所
2025年6月時点で地区内に病院、一般診療所、歯科診療所はない[26]。
警察
2025年10月時点で地区内に警察施設はない。西塩子は東富町交番(常陸大宮市東富町641-1)の管轄である[27]。
郵便局
2025年10月時点で地区内に郵便局はない。最も近いのは国道293号沿いの北塩子簡易郵便局(常陸大宮市北塩子1786-1)である[28]。
スポーツ・レジャー施設
- マナゴルフクラブ(常陸大宮市西塩子168)[29]
交通
神社仏閣
神社
- 羽黒鹿島神社(常陸大宮市西塩子330)
県道161号から分岐した脇道に面した尾根のふもとから伸びる113段の石段の先に鎮座する西塩子地区の氏社である。
羽黒権現、鹿島神社の2社合一の神社で、羽黒は1574年(天正2年)に羽黒権現から勧請し、鹿島は1614年(慶長19年)に鹿島神宮の分霊を祀った。言い伝えでは鹿島分霊の1614年に現在地に社殿を造り両神社を祀り氏社とした、という[31]。神社には”慶長九年九月"(1604年)の棟札が現存することから、おそくとも17世紀初頭には創建されていたと考えられる[4]。
現在地の前は、現在地より約70メートル南西の地に在った、という。この地は「元宮」と呼ばれており、また西塩子館の主郭があった所でもある[32]。
除地4石8斗9合。1873年(明治6年)4月、村社に列格され、1912年(大正元年)12月2日に神饌幣帛料供進社に指定された。1947年(昭和22年)12月、宗教法人化する[4]。
境内社は以下のとおり。
- 七竜神(鳴雷神)
- 八竜神(七色雷神)
- 鍬神社(天照皇大神)
- 素鵞神社(建速素戔嗚命)
- 鷺森神社(月夜見命)
- 稲荷神社(倉稲魂命)
- 十二社(天神七代 地神五代)
- 熊野神社(伊弉冊命)
- 天満神社(菅原道真)


