上大野 (姫路市)
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地理
歴史
→「北平野 (姫路市) § 歴史」も参照
上古は枚野里(ひらののさと)に属していた。大野里(現・野里)から人が移り住んだことから「大野」と呼ばれたものか[17]。『和名抄』には「大野郷」の名がある[18]。
江戸時代の大野村は飾東郡のうち姫路藩領で村高は「旧高旧領取締帳」では398石余[18][19]。
大区小区制においては飾磨県では第8大区第8小区に、兵庫県では第8大区第1小区に属した[20]。1889年(明治22年)に城北村に属し、1925年(大正14年)に同村が姫路市に合併しその町丁・大野となる[19]。1933年(昭和8年)に姫路市中心部の大野町との区別のために上大野町と改称される[21]。
戦後はイチゴの産地として知られた[22]。昭和40年代に西部の山腹に大寿台と丸山台という住宅地が造成され、1983年(昭和58年)にはそれぞれ大寿台1・2丁目および西大寿台として分離し、残部が上大野1丁目から7丁目となる[22]。
世帯数と人口
2024年(令和6年)3月31日現在の人口は以下の通り。上大野7丁目は居住者無し[23][24]。
それ以前の世帯数と人口は以下の通りである。
| 調査年 | 戸数・世帯数 | 人口 | 備考 | 出典 |
|---|---|---|---|---|
| 1881年(明治14年) | 71戸 | 293人 | 大野村 | [19] |
| 1891年(明治24年) | 61戸 | 327人 | (城北村)大野 | [19] |
| 1949年(昭和24年) | 83世帯 | 425人 | 上大野町 | [25] |
| 1951年(昭和26年) | 94世帯 | 461人 | [26] | |
| 1978年(昭和53年) | 446世帯 | 1612人 | [27] | |
| 1983年(昭和59年) | 571世帯 | 2042人 | 町域確定後
(上大野・大寿台・西大寿台の合計) |
[28] |
| 1990年(平成2年) | 615世帯 | 2075人 | [29] | |
| 1995年(平成7年) | 690世帯 | 2057人 | [30] | |
| 2000年(平成12年) | 890世帯 | 2537人 | [31] |
小・中学校の学区
交通
施設・旧跡
- 姫路獨協大学(上大野7丁目)
- 上大野の常夜灯(上大野5丁目) - 嘉永5年(1852年)の年号が刻まれている[35]。
- 大歳神社(上大野4丁目) - 江戸期の年号を持つ石像品が多くある[35]。
- 不動山善教寺(西大寿台) - 浄土真宗本願寺派。元は西塩町(現・塩町)にあり、江戸末期には学問の寺として知られた[36]が1945年(昭和20年)の姫路空襲で被災、1983年(昭和58年)に西大寿台へ移転[37][38]。
- 大野の地蔵(西大寿台と御立の境界) - 大野峠にある。西向きという珍しい地蔵[39]。
- 上大野簡易郵便局(上大野1丁目)[40]
かつての施設
- 兵庫県立畜産試験場 - 1963年(昭和38年)に今宿から移転(当時は種畜場)、1985年(昭和60年)に加西市へ移転。跡地に姫路獨協大学[22]。