1948年11月27日に静岡県沼津市で生まれた[1][2]。電電公社のエンジニアであった父に、科学雑誌『科学大観』を毎月購入してもらい、それを読むうちに理系分野への関心を深めていった[3]。静岡県立清水東高等学校を卒業後、一浪の末に東京大学理科一類に進学した[3][4]。東京大学理学部化学科に進み、卒業研究および修士研究では佐佐木行美の研究室に所属した[3]。そこで、当時同研究室の助手であった小林昭子の指導の下、単結晶X線構造解析を行い、1972年に東京大学理学部化学科を卒業し、1974年に同大学院理学研究科化学専攻の修士課程を修了した[1][3]。佐佐木行美の斡旋もあり、同年8月に学習院大学理学部の村田好正研究室の助手に着任した[3]。学習院では、分子が集合した複雑凝縮系の研究に取り組み、分子性液体の研究により1981年に東京大学から理学博士号を取得した[3]。村田好正が東京大学に異動した後は、後任として着任した飯島孝夫研究室の助手を1991年3月まで務めた[3]。1991年に横浜国立大学教育学部の助教授に着任した後、1996年に千葉大学大学院自然科学研究科教授に転任した[1][2]。大学院重点化により学部教育に参加できず、また教授でありながら小さな実験室の一室のみが与えられるなど、着任当初は苦労も多かったという[2]。2005年から5年間、科研費研究領域「イオン液体の科学」の領域代表を務めた[5]。また、2006年から2年間、分子科学会の第1期会長を務めた[6]。2014年に千葉大学を定年退官し、名誉教授となった[7]。2014年4月から2018年8月まで日本学術振興会の監事を務めた後、2019年から2023年まで豊田理化学研究所のフェローを務めた[2]。2023年4月には千葉大学のグランドフェローに就任した[2]。2024年1月11日に行われた講書始の儀で、「ゆらぎで探る物質の構造」について進講した[8][9]。