西川流
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興りの時期については元禄時代、あるいは1700年代とされ、日本舞踊の流派の中では最も古い。流派を興した初代西川仙蔵は元旗本で能の囃子方から歌舞伎の鳴物師となった人物であり、その後に振付師として西川流を興す[2]。その門弟であった二代目は「扇藏」と名を改め、江戸三座の劇場振付師として活躍。「関の扉」などの代表作を出した。
以後、宗家家元は代々「西川扇藏」を名乗り、「勧進帳」等を振付し名人と称された四代目など、代々名作の振付を担当した。その後一時勢力が衰えたものの、宗家家元十世扇藏が再興。十世西川扇藏は1999年に人間国宝に選ばれた[1]。
流紋 西菱(人菱)
分派(西川流ではない異なる流派)
西川扇藏を家元とする宗家「西川流」から独立した複数の分派があり、複数の流派の源となっている。西川流と混同する似通った名称を名乗っている分派は、西川流とは異なる全く別の流派である。分派の流祖が門弟だったという事実のみ。流派としては一切無関係。