西村宏 From Wikipedia, the free encyclopedia 国籍 日本出身地 広島県生年月日 (1943-07-07) 1943年7月7日(82歳)身長体重 174 cm70 kg西村宏基本情報国籍 日本出身地 広島県生年月日 (1943-07-07) 1943年7月7日(82歳)身長体重 174 cm70 kg選手情報投球・打席 右投右打ポジション 投手プロ入り 1962年初出場 1962年10月7日最終出場 1965年10月13日経歴(括弧内はプロチーム在籍年度) 崇徳高等学校 広島カープ (1962 - 1965) この表について この表はテンプレートを用いて表示しています。編集方法はTemplate:Infobox baseball playerを参照してください。 ■プロジェクト:野球選手 ■テンプレート 西村 宏(にしむら ひろし、1943年7月7日 - )は、広島県出身の元プロ野球選手である。ポジションは投手。 崇徳高等学校では1961年、エースとして同期の高岡重樹とバッテリーを組み、夏の甲子園県予選決勝に進出。福富邦夫のいた広陵高を降し甲子園初出場を決める。大会では準々決勝に進むが、岐阜商に敗れる[1]。同年の秋田国体でも準々決勝に進出、秋田商の今川敬三(早大)と延長18回を0-0で投げ合い、引き分け再試合に至るが1-4で敗退する。 1962年に広島カープへ高岡とともに入団。他の同期入団には池田英俊、漆畑勝久、久保祥次などがいた。しかし1年目の春季キャンプ中に左脚首を痛め、復帰後には打撃投手の役割を命じられる[2]。そのため投げ過ぎにより投球フォームを崩し、1軍出場は偵察メンバーとしての起用がほとんどで、投手としての出場は1試合のみに留まった[2]。プロ4年目の1965年に、球団から東洋工業への異動を命じられたことにより、現役を引退[2]。同社には野球部があったためプレーを楽しみにしていたが、柳川事件の影響により、その望みは絶たれた[2]。 詳細情報 年度別投手成績 年度球団登板先発完投完封無四球勝利敗戦セ丨ブホ丨ルド勝率打者投球回被安打被本塁打与四球敬遠与死球奪三振暴投ボ丨ク失点自責点防御率WHIP 1964 広島 1000000--------50.2300000003340.504.50 通算:1年 1000000--------50.2300000003340.504.50 記録 初登板:1964年4月30日、対中日ドラゴンズ10回戦(広島市民球場)、8回表から4番手で救援登板、2/3回3失点 背番号 15(1962年) 45(1963年 - 1965年) 脚注 ↑ 「全国高等学校野球選手権大会70年史」朝日新聞社編 1989年 1 2 3 4 “【カープ70周年 70人の証言】<13>1962年 西村宏さん(77)” (2020年12月2日). 2026年2月2日閲覧。 典拠管理データベース 全般ISNIVIAF国立図書館アメリカ韓国その他IdRefYale LUX Related Articles