西魏書

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西魏書』(せいぎしょ)は、乾隆60年(1795年)に謝啓昆(字は蘊山)によって書かれた歴史書紀伝体により西魏の通史を扱う。全24巻。

中国南北朝時代華北及び中原を支配した北魏はその末期に東西に分裂し、後世東魏・西魏と称されるようになった。北魏を扱った正史である『魏書』は東魏から禅譲を受けた北斉で編纂されたために、分裂前の北魏の最後の皇帝である元脩(東魏では「出帝」、西魏では「孝武帝」と称された)が長安に脱出した後、東魏の方を北魏を継承する正統王朝、東魏の孝静帝元善見を北魏の皇帝の列に加え、西魏の皇帝を認めなかった。

しかし、元脩の帝位は長安に成立した西魏に継承されており、西魏から禅譲を受けた北周が北斉を滅ぼし、さらにそれを継承したが統一国家を築いたために、西魏を正統として位置づける必要が生じた。唐代になると『北史』が編纂されたが、西魏は『北史』が扱う王朝の一つであり、一方で東魏を正統とする『魏書』はそのまま正史とされたため、西魏を単独で扱う歴史書は存在せず、また正史以外で西魏を扱った歴史書も早い時期に散逸した。

清代になると、謝啓昆が『魏書』や『北史』、その他の史料・碑文を元に西魏の歴史書として編纂し、『西魏書』が成立するに至った。既存史料を再編集した内容であるため、独自の内容は乏しいが、東魏・北斉の立場で書かれた『魏書』とは異なる視点で描かれ、また西魏の通史としての利便性がある。

参考文献

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