見川鯛山
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昭和医学専門学校卒業後、栃木県那須郡那須村(現・那須町)に見川医院を開設、60年以上にわたって地域医療に従事する傍ら、那須の風土に根ざした短編小説や随筆を14冊執筆した[1]。製薬会社のPR誌に連載した作品などをまとめた「山医者シリーズ」が有名。獅子文六に師事した[2]。
2男2女の4人の子供がおり、長男は見川医院の院長を引き継いでいる[3]。次女はイラストレーターの米倉万美で[4][5]、2004年7月に地元佐野市のギャラリー酒蔵楽で「見川鯛山&米倉万美父娘展」を開催した[6]。また、孫(次女の息子)は元MEN'S NON-NOモデルで映像作家の米倉強太で[7]、2019年にモデル・タレントのラブリと結婚を発表した[8]。
著書
- 『田舎医者』(角川書店、1964年)(毎日新聞社、1974年)(集英社文庫、1980年)
- 『医者ともあろうものが・・・』(毎日新聞社、1973年)(集英社文庫、1981年)
- 『続・医者ともあろうものが・・・』(毎日新聞社、1973年)(集英社文庫、1983年)
- 『本日も休診』(毎日新聞社、1974年)(集英社文庫、1984年)
- 『また本日も休診』(毎日新聞社、1976年)(集英社文庫、1987年)
- 『山医者のうた』(毎日新聞社、1979年)(集英社文庫、1989年)
- 『スキー万歳』(平凡社、1979年)
- 『山医者の茶飲み話』(毎日新聞社、1982年)
- 『山医者のちょっと一服』(毎日新聞社、1985年)(集英社文庫、1991年)
- 『山医者がんばる』(毎日新聞社、1988年)
- 『山医者健在なり』(毎日新聞社、1993年)
- 『山医者の読みグスリ』(毎日新聞社、2001年)
- 『山医者の毒にもクスリにもならない話』(ドリーム舎、2003年)
- 『山医者のちょっとは薬になる話』(『見川鯛山、これにて断筆』、フーガブックス、2004年)