覚王寺 (愛知県扶桑町)
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位置
北緯35度21分12秒 東経136度55分19秒 / 北緯35.35333度 東経136.922度座標: 北緯35度21分12秒 東経136度55分19秒 / 北緯35.35333度 東経136.922度
山号
金華山
宗旨
臨済宗
| 覚王寺 | |
|---|---|
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山門前から望む覚王寺 | |
| 所在地 | 愛知県丹羽郡扶桑町高雄南屋敷135 |
| 位置 | 北緯35度21分12秒 東経136度55分19秒 / 北緯35.35333度 東経136.922度座標: 北緯35度21分12秒 東経136度55分19秒 / 北緯35.35333度 東経136.922度 |
| 山号 | 金華山 |
| 宗旨 | 臨済宗 |
| 宗派 | 妙心寺派 |
| 本尊 | 十一面観音 |
| 創建年 | 元徳2年(1330年) |
| 開山 | 友峰宗益 |
| 文化財 |
本堂、庫裏、大日堂、鐘楼、山門 (いずれも登録有形文化財) |
| 法人番号 | 7180005009293 |
歴史
文化財
旧覚王寺跡
現在、高雄南屋敷にある金華山覚王寺は、かつて下野村堀の内にあった[2]。今の扶桑町高雄北海道の南の名古屋鉄道の線路が敷かれているあたりである。
この織田街道沿いの堀の内は、犬山城攻めの織田信長軍の進撃路に当たっていて、犬山方の武士はこの寺などを拠点として戦った。その兵火のため、旧覚王寺は炎上したと思われる。今の覚王寺は、大三世友峰宗益が再興した寺であり、炎上後今の地に移って再建されたとされている。覚王寺にある鐘の銘文に「天文永禄之蜂起[注釈 1]」の文字がある。天文永禄の蜂起によって寺の鐘が失われたので、新たに鋳造したことを表したものである。
なお、当時この地域の主要な道路としては、織田街道、柳街道などがあるが、天正4年の記録によるとこれらの道幅は本街道で三間二尺(約6m)、脇海道二間二尺、在所道は一間とあり、狭くて大軍の移動には障害が多かったと推察される。
