角南効永

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国籍 日本の旗 日本
出身地 岡山県
生年月日 (1929-11-22) 1929年11月22日(96歳)
身長
体重
170 cm
60 kg
角南 効永
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 岡山県
生年月日 (1929-11-22) 1929年11月22日(96歳)
身長
体重
170 cm
60 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 外野手
プロ入り 1950年
初出場 1950年4月2日
最終出場 1950年7月30日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

角南 効永(すなみ こうえい、1929年11月22日 - )は、岡山県[1]出身の元プロ野球選手外野手)。

関西中学(現・関西高等学校)在学中は、甲子園出場経験は無し 。当時のチームメイトに矢部滋(のち阪急)がいる。

その後大陽ロビンスに入団するが、一軍出場はなかった[2]

1950年にロビンスの監督だった石本秀一が広島の新監督に就任すると、石本の呼びかけに応じて広島カープの新球団結成に参加[1][2]4月2日西日本戦(中日スタヂアム)で初出場。しかし、打撃の低さがネックとなり出場機会が減少。1950年限りで退団し、その後は岡山鉄道管理局でプレーした[2]

詳細情報

年度別打撃成績

















































O
P
S
1950 広島 3480721414211215101--7--0142.194.266.292.558
通算:1年 3480721414211215101--7--0142.194.266.292.558

背番号

  • 9 (1950年)

脚注

外部リンク

関連項目

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