元正朝末の養老7年(723年)従五位下に叙爵する。なおこの時に、のちに第18次遣新羅使になる土師豊麻呂も従五位上に昇叙されている。
聖武朝の天平4年(732年)正月に家主は第19次の遣新羅使とされ、2月下旬に天皇に拝謁している[4]。この遣使の目的は神亀3年(726年)以来遣使を行っていない新羅に対して、入貢を促すものであったと想定される。ところが遣使任命の2日後に新羅使・金長孫らが来朝し[5]、5月には入京して聖武天皇に拝謁を行い、来朝するときは3年に1度にする旨を詔されている[6]。それでも遣新羅使の派遣は中止されなかったらしく、家主たちは新羅へ渡航し8月に帰国している[7]。
天平5年(733年)諸陵頭に任ぜられた。