角田宇宙センター
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角田宇宙センターの前身は、1965年に発足した科学技術庁航空宇宙技術研究所(NAL)の角田支所(現:西地区)と、1978年に発足した宇宙開発事業団(NASDA)の角田ロケット開発室(現:東地区)であり[2]。角田支所では日本のロケットエンジンの水準を引き上げるためのエンジンの基盤技術研究を中心とし、角田ロケット開発室ではその成果を活用した実機エンジンの開発試験が行われていた[2]。
80年代後半からは、スペースプレーンや再使用ロケットエンジンへの適用をねらった熱応力緩和型傾斜機能材料や、宇宙エネルギーの利用を目指した熱エネルギー変換型傾斜機能材料の研究プロジェクトが進められ、90年代にはスクラムジェットの研究に本格的に着手し、現在ではスクラムジェットとロケットエンジンとを融合したロケット複合エンジンの研究を進めている[3]。1999年3月に完成した高温衝撃風洞は、世界でも最大規模の大きさである[4]。
この施設でこれまでに開発された液体ロケットエンジンには、LE-5とその改良型LE-5A/LE-5B、およびLE-7とその改良型LE-7Aなどがある[3]。
2003年10月に宇宙科学研究所(ISAS)、航空宇宙技術研究所、宇宙開発事業団が統合し、宇宙航空研究開発機構が発足した。これに伴い両者は合併し角田宇宙センターとなった[2]。
沿革
角田宇宙センターの土地は、第二次世界大戦前に海軍火薬廠があった場所である。現在では角田宇宙センターの他、陸上自衛隊船岡駐屯地や工業団地となっている[4]。
- 1965年(昭和40年度):宮城県角田市に航空宇宙技術研究所(NAL)「角田支所」が発足[3]。(NAL)
- 1978年(昭和53年度):宇宙開発事業団(NASDA)「角田ロケット開発室」が発足[3]。(NASDA)
- 1978年1月26日 宇宙開発事業団、角田ロケット開発センター(KPC)の起工式を行う。(NASDA)
- 1980年(昭和55年度)10月1日:NASDA事業所として「角田ロケット開発センター」が開設される[3][5]。(NASDA)
- 1993年(平成5年度):ロケット推進研究部、ラムジェット推進研究部の2部制に移行[3]。(NAL)
- 1994年(平成6年度):「角田宇宙推進技術研究センター」と改称[3]。(NAL)
- 2000年(平成12年度):科学技術庁より文部科学省に移行[3]。(NAL)
- 2001年(平成13年度):独立行政法人航空宇宙技術研究所「角田宇宙推進技術研究所」として発足。[3]。(NAL)
- 2003年(平成15年度):独立行政法人 宇宙航空研究開発機構の発足に伴い、総合技術研究本部 「角田宇宙推進技術センター」となる[3]。(JAXA)
- 2005年(平成17年度):角田宇宙推進技術研究センターを角田宇宙センターと改称[3]。(JAXA)
- 2007年(平成19年度):総合技術研究本部より宇宙基幹システム本部へ移行[3]。(JAXA)
主な設備
角田宇宙センターの敷地は東地区と西地区に分かれており、間に公道が走っている[4]。
- 液体水素ロケットエンジン要素試験設備
- 高圧液酸ターボポンプ試験設備
- ロケットエンジン高空性能試験設備
- ラムジェットエンジン試験設備
- 高温衝撃風洞
- 極低温インデューサ試験設備
- 高空燃焼試験設備
- 供給系総合試験設備
- 計算センター


