詩仙堂

京都市左京区にある石川丈山の山荘跡 From Wikipedia, the free encyclopedia

詩仙堂(しせんどう)は、京都市左京区にある曹洞宗寺院山号は六六山。本尊は馬郎婦観音(めろうふかんのん)。現在は丈山寺という。江戸時代初期の文人石川丈山の山荘跡であり[1]、国の史跡に指定されている。

所在地 京都府京都市左京区一乗寺門口町27
位置 北緯35度2分37.39秒 東経135度47分46.06秒
山号 六六山
宗派 曹洞宗
概要 詩仙堂, 所在地 ...
詩仙堂
凹凸窠(おうとつか)
所在地 京都府京都市左京区一乗寺門口町27
位置 北緯35度2分37.39秒 東経135度47分46.06秒
山号 六六山
宗派 曹洞宗
本尊 馬郎婦観音(めろうふかんのん)
創建年 寛永18年(1641年
開基 石川丈山
正式名 六六山 詩仙堂 丈山寺 凹凸窠
文化財 詩仙堂(国指定史跡
公式サイト 詩仙堂
法人番号 5130005002387 ウィキデータを編集
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詩仙堂の添水(そうず)

歴史

当寺はもともとは、徳川将軍家の家臣であった石川丈山寛永18年(1641年)に隠居のため、59歳の時に造営した山荘である。丈山は寛文12年(1672年)に90歳で没するまでここで詩歌三昧の生活を送った[2]。後に寺院化されると、丈山にちなんで寺名は丈山寺とされた。

当寺の中心となる建物は凹凸窠(おうとつか)と呼ばれる。凹凸窠とはでこぼこの土地に建てられた住居の意味であり、建物や庭園は山の斜面に沿って作られている[1]。丈山は建物や庭にある10個の要素を「凹凸窠十境」と見立てた。現在では凹凸窠の中にある36詩仙(大陸の詩家36人)の肖像を掲げた詩仙の間にちなんで詩仙堂と呼ばれている[1]。詩仙は日本の三十六歌仙にならい、丈山は林羅山と意見を交わしながらの各時代から選出した。肖像は狩野探幽によって描かれ、詩仙の間の四方の壁に掲げられている。各詩人の肖像画の頭上には、丈山が隷書体にて記した漢詩が書かれている[1]

庭園造りの名手でもある丈山自身により設計された庭園「百花塢(ひゃっかのう)」は四季折々に楽しむことができ、特に春(5月下旬)のサツキと秋(11月下旬)の紅葉が有名で観光客で賑わう。縁の前に大きく枝を広げた白い山茶花も見所のひとつ。一般にししおどしとして知られる、添水(そうず)と呼ばれる仕掛けにより時折り響く音は、鹿の進入を防ぐという実用性とともに、静寂な庭のアクセントになっており丈山も好んだという。

境内

  • 凹凸窠(おうとつか) - この建物を詩仙堂という。寛永18年(1641年)築。仏間もあり本堂ともなっている。詩仙の間には狩野探幽筆の36詩仙の肖像画が掲げられている[1]。玄関上は3階建の「嘯月楼」となっており、その右手 (西側) には瓦敷の仏間と六畳、八畳の座敷、左手には四畳半の「詩仙の間」「読書の間」など多くの部屋がある。このうち嘯月楼と詩仙の間の部分のみが石川丈山の建築で、他は後世の改築である。
  • 躍淵軒(やくえんけん)
  • 膏肓泉(こうこうせん)
  • 庭園「百花塢(ひゃっかのう)」 - 丈山による作庭。
  • 僧都(添水、そうず) - ししおどし。ししおどしは丈山が考案したという。
  • 洗蒙瀑(せんもうばく)
  • 流葉はく(りゅうようはく)
  • 残月軒
  • 十方明峰閣(坐禅堂)
  • 中門「老梅関」
  • 山門「小有洞(しょうゆうどう)」

文化財

国指定史跡

  • 詩仙堂

所在地

  • 京都府京都市左京区一乗寺門口町27

アクセス

参考文献

  • 岡田孝男『京の茶室 東山編』、学芸出版社、1989

脚注

関連項目

外部リンク

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