谷山高明 From Wikipedia, the free encyclopedia 国籍 日本出身地 高知県高岡郡窪川町生年月日 (1950-10-08) 1950年10月8日(74歳)身長体重 178 cm73 kg谷山 高明基本情報国籍 日本出身地 高知県高岡郡窪川町生年月日 (1950-10-08) 1950年10月8日(74歳)身長体重 178 cm73 kg選手情報投球・打席 右投右打ポジション 投手プロ入り 1971年 ドラフト2位初出場 1975年4月5日最終出場 1978年7月9日経歴(括弧内はプロチーム在籍年度) 高知県立伊野商業高等学校 愛媛相互銀行 読売ジャイアンツ (1972 - 1976) 日本ハムファイターズ (1977 - 1979) この表について この表はテンプレートを用いて表示しています。編集方法はTemplate:Infobox baseball playerを参照してください。 ■プロジェクト:野球選手 ■テンプレート 谷山 高明(たにやま たかあき、1950年10月8日 - )は、高知県出身の元プロ野球選手(投手)。 伊野商業高時代は、同期に同じく投手の井本隆がいる。 高校卒業後、社会人野球の愛媛相互銀行では第42回都市対抗野球大会に補強選手として出場、1971年のプロ野球ドラフト会議で読売ジャイアンツから2位指名を受け入団。 1972年11月20日には、イースタンの教育リーグ最終戦のロッテ戦(巨人軍多摩川グラウンド)に2番手で登板し5回3分の1を4安打に抑える好投。「ウチには珍しいシュートで勝負する投手に成長するはず。もう少しコントロールさえつけば、来年は一軍でも十分通用する」と二軍監督の中尾碩志も太鼓判を押すほどだった。投法はスリークォーター。 自由契約となった1976年オフに日本ハムファイターズへ移籍し、打撃投手から再び一軍のマウンドに返り咲いた。1979年限りで現役を引退した。 引退後は、打撃投手やスコアラーとしてチームを支えた。 詳細情報 年度別投手成績 年度球団登板先発完投完封無四球勝利敗戦セ丨ブホ丨ルド勝率打者投球回被安打被本塁打与四球敬遠与死球奪三振暴投ボ丨ク失点自責点防御率WHIP 1975 巨人 70000000------357.0131200700333.862.14 1977 日本ハム 60000000------4512.092401510443.001.08 1978 20000000------173.0902002005515.003.67 通算:3年 150000000------9722.0313801141012124.911.77 記録 初登板:1975年4月5日、対大洋ホエールズ1回戦(後楽園球場)、5回表2死に3番手で救援登板、1/3回無失点 初奪三振:1975年4月6日、対大洋ホエールズ3回戦(後楽園球場)、2回表に松原誠から 背番号 39 (1972年 - 1974年) 13 (1975年 - 1976年) 46 (1977年 - 1979年) 69 (1980年 - 1989年) 96 (1990年 - 1998年) 関連項目 高知県出身の人物一覧 読売ジャイアンツの選手一覧 北海道日本ハムファイターズの選手一覧 表話編歴読売ジャイアンツ - 1971年ドラフト指名選手指名選手 1位:横山忠夫 2位:谷山高明 3位:庄司智久 4位:尾形正巳(入団拒否) 5位:山本昌樹(入団拒否) 6位:小林繁 7位:玉井信博 8位:板東洋司 この項目は、野球選手に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ野球選手/P野球)。表示編集 Related Articles