豊永勝元 From Wikipedia, the free encyclopedia 時代 戦国時代 - 江戸時代前期生誕 天文20年(1551年)死没 寛永14年(1637年)別名 通称:藤五郎、喜助、主馬 凡例豊永 勝元時代 戦国時代 - 江戸時代前期生誕 天文20年(1551年)死没 寛永14年(1637年)別名 通称:藤五郎、喜助、主馬主君 長宗我部元親→盛親氏族 豊永氏父母 父:豊永清久テンプレートを表示 豊永 勝元(とよなが かつもと)は、戦国時代から江戸時代前期にかけての武将。長宗我部氏の家臣。 豊永氏は阿波小笠原氏の支流。土佐国長岡郡豊永[1]の国人。 天文20年(1551年)、豊永清久の子として誕生。 勝元は、父の代に降った長宗我部元親に仕える。元親の阿波国侵攻に際しては、阿波国の国人を籠絡して戦果を挙げた。のちに代官や奉行、中村為松城主なども務めている。慶長5年(1600年)関ヶ原の戦い後、浪人した。大坂の陣で、長宗我部盛親とともに戦った。のち消息はよくわかっていないが、寛永14年(1637年)に死去したといわれている。 脚注 ↑ 現・高知県長岡郡大豊町豊永。 参考文献 山本大『土佐長宗我部氏』新人物往来社、1974年。 Related Articles