貞松院 (小出吉英正室) From Wikipedia, the free encyclopedia 貞松院(ていしょういん、天正19年(1591年) - 寛文4年6月19日(1664年8月10日))は、出石藩主小出吉英の正室。保科正直の娘。母は多劫姫。名はヨウ。 母方の伯父である徳川家康の養女となり、小出吉英に嫁いだ。吉英との間に5男5女を儲けた。 寛文4年(1664年)、74歳で死去し、天徳寺に葬られた。 帯刀:夭折 娘(名前不詳):三浦重勝正室、のち山内一唯室 吉重:出石藩第5代藩主 娘(名前不詳):夭折 娘(名前不詳):夭折 保科正英:飯野藩嫡子 小出英本:分家し旗本となった 小出英信:分家し旗本となった。出石藩第8代藩主・英長の父 高岳院:立花種長継室 娘(名前不詳):松平信之正室 参考文献 『徳川・松平一族の事典』工藤寛正 『新訂寛政重修諸家譜』 『徳川諸家系譜 第二』 Related Articles