貧民党は、1936年の総選挙に臨むために1935年に結成された政党で、1920年代から1930年代にかけてビルマ協会総評議会から発展した多数の政党の一つである[3]。党の目的として第一にビルマの独立を掲げ、第二に貧農の救済を掲げた。具体的には、家賃や税金の引き下げ、村長選挙、農民に対する国からの信用供与、外資系農地の買い取りなどである[3]。しかし、主張が当時としては過激すぎたため、選挙では下院132議席のうち16議席を獲得するにとどまり、他党と連立合意してようやく政権を発足させた。バー・モウは首相に就任した[3]。1939年2月の政権崩壊後は野党となり、10月にはタキン党(ドバマ・アシアヨン)、全ビルマ学生連合とともに自由ブロックを形成した[5]。