賀代姫 From Wikipedia, the free encyclopedia 賀代姫(かよひめ、嘉永元年(1848年) - 慶応元年(1865年)6月)は、阿波徳島藩第13代藩主・蜂須賀斉裕の長女。越前福井藩第17代藩主・松平茂昭の正室(入輿なし)。 嘉永元年(1848年)、徳島藩第13代藩主・蜂須賀斉裕と正室・鷹司標子(関白・鷹司政通の娘)の長女として 江戸の徳島藩邸で生まれる。斉裕の側室・山村氏を母とする説もある[1]。兄弟には蜂須賀茂韶、倫子(鷹司輔政正室、実父は蜂須賀隆芳)がいる。 その後、福井藩第17代藩主・松平茂昭と婚約したが、結婚する前の慶応元年(1865年)に労咳のため没する。享年18。賀代姫の治療には徳島藩の典医である関寛斎が診ていた[2]。また、賀代姫が亡くなった後、茂昭は久我建通の娘・ 幸子を継室に迎えている。墓所は徳島県徳島市下助任町にある興源寺。 脚注 ↑ 興源寺説明書きでは側室山村(山本)珠を母と記述している。 ↑ 維新の蘭学医 関寛斎からのメッセージ 梅村さとし 参考文献 『蜂須賀家記』 この項目は、日本の歴史に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:日本/P:歴史/P:歴史学/PJ日本史)。表示編集 Related Articles