賈至 From Wikipedia, the free encyclopedia 賈 至(か し、718年 - 772年)は、中国・唐の詩人。字は幼幾(ようき)、一説には幼隣(ようりん)。洛陽の出身。『元和姓纂』巻七によれば三国魏の太尉賈詡の子孫である。 賈曾の子として生まれた。開元23年(735年)に進士に及第、さらに天宝10載(751年)、明経(めいけい)に及第、起居舎人・知制誥に至った。安禄山の乱のときには、玄宗に従って蜀へ避難し、帝位を皇太子に譲る勅語を起草した。その後、一時罪によって岳州に流され、そこで李白に会い、酒宴に日を送ったこともある。その後、都に召還され、大暦5年(770年)には京兆尹兼御史大夫となり、右散騎常侍に至った。 詩人としての彼 作品に、『西亭春望(せいていしゅんぼう)』(七言絶句)がある。 西亭春望 日長風暖柳青青 日は長く風は暖かにして柳青青(せいせい)たり 北雁歸飛入窅冥 北雁(ほくがん)帰り飛んで窅冥(ようめい)に入る 岳陽城上聞吹笛 岳陽城上 笛を吹くを聞けば 能使春心滿洞庭 能(よ)く春心(しゅんしん)をして洞庭に満たしむ 出典 『唐詩選』(版:岩波文庫、註解:前野直彬) この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。表示編集 Related Articles