跡部駿河守

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跡部 駿河守(あとべ するがのかみ)は、室町時代の武将。諱は不詳。

信濃・甲斐の国人である跡部氏の人物で、甲斐国守護代を務めたとされる。乱国状態に陥った甲斐への進出を果たし、同国の守護職・武田氏を補佐、時にその勢力を凌ぐ強盛をほこった。跡部明海の出家名でも知られる。

生誕 不明
死没 寛正5年(1464年
別名 明海、駿河入道
 
跡部 駿河守/跡部 明海
時代 室町時代
生誕 不明
死没 寛正5年(1464年
別名 明海、駿河入道
官位 称・駿河
幕府 室町幕府 甲斐国守護代?
主君 足利持氏?→武田信重武田信守武田信昌
氏族 跡部氏
父母 不明
兄弟 不明
跡部景家
特記
事項
輪宝一揆頭領となり台頭、信濃の一国人であった跡部氏を甲斐の有力者に押し上げた。
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甲斐国での抗争と台頭

参考文献

脚注

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