車延命地蔵尊
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かつて仙台城下の車町(現・仙台市宮城野区)にあった永福山東秀院(寛永2年(1625年)開山、現在は仙台市宮城野区新寺に移転)の境内の小堂に安置されていた。車町は車大工が住んでいた大工町であったことから、地蔵尊は地域の人々の信仰の対象となり、寛永14年(1637年)の東秀院移転後も車町に残った。
宝永5年(1708年)、仙台城下の大火により焼失したが、安政5年(1859年)に地蔵菩薩像と堂が再建された。

堂の土地は長らく私有地となっていたが、昭和63年(1988年)に仙台駅東第二土地区画整理事業が開始され、土地の再編整理に伴って堂が解体されることとなったため、岩手県陸前高田市の長谷山観音寺に仮殿遷宮していた。
平成27年(2015年)5月に、地域住民の交流拠点とした整備された「駅東交流センター」の敷地内に新たに堂が建てられ、正遷宮となった[1]。
現在は、町内会組織である「車町通共栄会」が管理している。