載斯烏越

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載斯烏越(そし うえつ)は、3世紀の倭国における人物であり、中国の歴史書『三国志』魏書東夷伝倭人条(いわゆる『魏志倭人伝』)に登場する。

卑弥呼の死後、倭国が混乱した時期に、外交使節の一員として魏に派遣された人物とされる。

247年ごろ、倭国の女王卑弥呼が死去すると、後継に男王が立てられたが、倭国では内乱が発生した。これに対し、倭国は再び女性である台与を女王に擁立して安定を取り戻そうとした。

その過程で倭国は魏に使者を派遣し、王の交代と朝貢の意思を伝えた。この使節団の中に、載斯烏越の名が見られる。

史料上の記録

『三国志』魏書東夷伝倭人条には、次のような記述がある:

正始八年、倭王以使詣郡、遣載斯烏越、伊聲耆等八人、奉獻……

(訳:正始8年〔247年〕、倭王は郡に使者を送り、載斯烏越・伊聲耆ら8人を派遣して貢ぎ物を奉じた。)

この記述から、載斯烏越は倭国の外交使節の一員であり、国の代表として魏との交渉にあたったと推測される。

人物像と議論

関連項目

出典

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