辻井康一
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1932年(昭和7年)4月5日、大阪府中河内郡孔舎衙村(くさかむら、現在の同府東大阪市日下町)に生まれる[1][2]。
1956年(昭和31年)、東京の早稲田大学法学部を卒業、関西に戻り、26歳になる1958年(昭和33年)、宝塚映画製作所に入社、久松静児、岡本喜八両監督に師事した[1]。
1968年(昭和43年)、助監督経験を積み重ね、36歳のときに、のちにスキーヤーのバイブルと呼ばれる教育映画『スキー場は戦場ではない』で監督としてデビューした[1]。その後、よみうりテレビから宝塚映画が受注するテレビ映画『マキちゃん日記』等を監督する。1972年(昭和47年)からは、関西テレビの「阪急ドラマシリーズ」を多く手がけた。また、同社が熊井啓を監督に劇場用映画『お吟さま』を製作した際には、監督補をつとめ、同作は1978年(昭和53年)6月3日に公開された。
1983年(昭和58年)9月、51歳のとき、宝塚映画の経営不振による解散の際、新会社「宝塚映像」に残らず、フリーランスの映画監督となった[1]。日本映画監督協会会員である[1]。