辻内順平
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1927年8月18日、和歌山県那賀郡粉河町に生まれた[1][2][3]。旧制第八高等学校を経て、1951年に東京大学理学部天文学科を卒業した[2][3]。同年、通商産業省工業技術院機械試験所(現在の産業技術総合研究所)に入所し、光学顕微鏡の結像特性に関する研究に携わった[4]。1958年9月から1960年4月まで、フランス政府技術留学生およびCNRS研究員として、パリの光学研究所に在籍し、光学研究に従事した[2]。1962年には、博士論文『光学系における結像性能とその改良方法に関する研究』を東京大学に提出し、工学博士の学位を取得した[5]。
その後も通商産業省において光学機械の試験・研究に従事し、1967年4月からは東京工業大学教授を併任、1968年に専任教授となった[2]。東京工業大学では、工学部附属印写工学研究施設(その後、像情報工学研究施設と改名)印写物理部門を担当した[2][4]。1972年から1974年および1978年から1980年にかけて同研究施設長を務め、1988年3月に東京工業大学を定年退官した[4]。同年4月、千葉大学工学部教授に着任し、1993年3月に同大学を定年退官した[4]。
1970年から1年間、応用物理学会光学懇話会(現在の日本光学会)幹事長、1988年から1年間、応用物理学会会長、1994年から2004年まで日本医用画像工学会会長を歴任した[4]。また、1981年から1984年まで、国際光学委員会(ICO)の会長(President)を務めた[1][4]。ホログラフィック・ディスプレイ研究会(HODIC)名誉会長でもあった[6]。