近平省悟

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国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1981-02-12) 1981年2月12日(44歳)
身長
体重
195 cm
81 kg
近平 省悟
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 愛媛県南宇和郡愛南町
生年月日 (1981-02-12) 1981年2月12日(44歳)
身長
体重
195 cm
81 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
初出場 四国・九州IL / 2005年
最終出場 四国・九州IL / 2009年
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

近平 省悟(ちかひら しょうご、1981年2月12日 - )は、愛媛県出身の元プロ野球選手投手)。

宇和島東高時代は、2年秋の四国大会1回戦で高知商藤川球児に投げ勝つも準決勝で敗れた。3年・夏の甲子園に出場。

近畿大学に進学後は、2年の時に、関西学生リーグ2000年秋の同大戦でノーヒットノーランを達成。最優秀選手にも選出された。リーグ通算36試合に登板、13勝12敗、防御率1.74、143奪三振を記録。同期に大西宏明、1学年下の投手に野村宏之糸井嘉男、捕手に田中雅彦がいた。

その後、愛媛県のクラブチーム・松山フェニックスを経て、2005年7月30日付で四国アイランドリーグ(現・四国アイランドリーグplus)の愛媛マンダリンパイレーツに入団[1]

入団1年目は11試合の登板で1勝5敗にとどまったが、入団2年目の2006年は32試合に登板し、チームでは浦川大輔(14勝)に次ぐ9勝をあげた[2]2007年も前年に引き続いて先発陣の一翼を担ったが、シーズン中に肘を故障し、後期途中の8月31日付で登録を抹消された[3]。当時チームは香川オリーブガイナーズと首位を争っており、最終的に後期優勝を逃したが、監督の沖泰司はシーズン終了後にこの近平の離脱が響いたと記している[4]。ただし、規定投球回数は満たしており、防御率1.00で最優秀防御率のタイトルを獲得した[5][6]

2008年は肘の回復が遅れたため、キャンプインの段階では練習生の扱いであったが4月1日に契約を更新した[7]

2009年はチームトップとなる12勝を挙げたが[8]、シーズン終了後、自身の申し出により退団[9]

プレースタイル・人物

詳細情報

脚注

関連項目

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