鳥居
康平5年(1062年)に源有光が三芦城を築いた際、八幡山の山頂には味鉏高彦根命を祀る社があった[1]。築城中には一時的にこの社を高田五里石の千勝大明神の地に遷座していたが、治歴2年(1066年)9月には元の場所に戻して近津神社に改称した[1]。
石川町は名の知られた馬産地であり、1894年(明治27年)から1895年(明治28年)の日清戦争には石川町産の多数の馬が軍馬として徴用された[2]。これらの馬を慰霊するため、1897年(明治30年)に石工の小松寅吉によって石造の神馬が製作された[2]。1個の巨大な凝灰岩の塊から彫られている[2]。