近藤武夫
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1949年6月5日
1939年1月に鳴尾競馬場の青池良佐厩舎に見習騎手として入門。しかし青池が死去したため、伊藤勝吉厩舎に移籍。1942年4月12日に初騎乗・初勝利を挙げた。
以来、伊藤厩舎の所属騎手として騎乗したが、体格があったために米飯を摂らないなどの食事制限を続けた。それでも体重が重く平地競走にはあまり乗れなかったため、障害競走を中心に騎乗していた。しかしながら平地競走においても1948年の天皇賞(秋)をカツフジ、1949年の優駿競走(日本ダービー)をタチカゼ、1960年の宝塚記念をホマレーヒロで勝利するなど、数々の重賞や特別競走で勝利した。口数こそ少ないが、温厚で人望も厚かったという。
1960年12月24日、阪神競馬場の第7競走(障害特別・9頭立て)でチトセチカラに騎乗、第7障害で馬が飛越を拒否したところに後続のミヤギオーが激突して落馬。肋骨骨折による外傷性気胸を発症して入院したが、翌年1月6日に右肺損傷のため38歳で死去した。