近衛基輔

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生誕 建久9年(1198年[1]
死没 寛元3年(1245年
 
近衛 基輔
時代 鎌倉時代
生誕 建久9年(1198年[1]
死没 寛元3年(1245年
官位 従二位左近衛中将
主君 土御門天皇順徳天皇仲恭天皇後堀河天皇四条天皇後嵯峨天皇
氏族 近衛家
父母 父:近衛道経
母:武蔵守藤原以頼
兄弟 基輔小河経村
不詳
道俊
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近衛 基輔(このえ もとすけ)は、鎌倉時代の公卿。右大臣近衛道経の子。官位は従二位左近衛中将

基輔は右大臣近衛道経の長男として誕生し、侍従中将などの官職を経て従二位まで昇進したが、その後は長期にわたり官位が停滞した。嘉禎元年(1235年)以降、基輔は非参議の公卿の中では筆頭(従二位・左近衛中将)の立場となり、この時同格であったのは鷹司兼忠[注釈 1](従二位・右近衛中将・越前権守)であった。基輔は寛元3年(1245年)に48歳で薨去するまで二位中将の地位に留まり、生涯を通じて参議納言に任命されることはなかった。

尊卑分脈』によれば、その子・道俊は祖父・道経の養子となり、延慶2年(1309年)に81歳で入滅したと記録されている。

官歴

系譜

脚注

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