逢沢譲 From Wikipedia, the free encyclopedia 逢沢 譲(あいざわ ゆずる、1924年11月9日[1] - 2012年11月22日[1])は、日本の映画撮影監督。岡山県出身。 1944年に東宝の撮影助手として入社。 1954年に公開された『ゴジラ』の五ヶ所湾ロケでの海中撮影のシーンで、本職のサルベージ会社が協力したが、このサルベージ会社の職員がうっかり送気ポンプの操作を誤り、水中撮影中の逢沢が窒息しかけるアクシデントが起きた。 主な参加作品 撮影助手 ゴジラ(1954年)[2][注釈 1] 大怪獣バラン(1958年)[3][注釈 1] 撮影技師 独立愚連隊(1959年) 非情都市(1960年) 悪い奴ほどよく眠る(1960年) 独立愚連隊西へ(1960年) 若い狼(1961年) 金づくり無法時代(1961年) アワモリ君売出す(1961年) アワモリ君乾杯!(1961年) 黒い画集 第二話 寒流(1961年) その場所に女ありて(1962年) 旅愁の都(1962年) どぶ鼠作戦(1962年) 月給泥棒(1962年) イチかバチか (1963年、東宝) 天国と地獄(1963年)(撮影応援) 戦国野郎(1963年) レッツゴー!若大将(1967年) 伊豆の踊子(1967年) 颱風とざくろ(1967年) 乱れ雲(1967年) 街に泉があった(1968年) フレッシュマン若大将(1969年) ブラック・コメディ ああ! 馬鹿(1969年) コント55号 俺は忍者の孫の孫(1969年) 大日本スリ集団(1969年) コント55号 宇宙大冒険(1969年) 野獣都市(1970年) 俺の空だぜ!若大将(1970年) その人は炎のように(1972年) 恋の夏(1972年) ゴジラ対メガロ(1973年)[1] 王将(1973年) ゴジラ対メカゴジラ(1974年)[1] 喜劇 だましの仁義(1974年) どてらい男(1975年) あいつと私(1976年) 日本人のへそ(1977年) 若い人(1977年) 惑星大戦争(1977年)[1] 青春グラフィティ スニーカーぶる〜す(1981年) テレビ作品 ウルトラセブン(1967年 - 1968年) ウルトラマンA(1972年 - 1973年)※第6話まで 脚注 [脚注の使い方] 注釈 1 2 ノンクレジット 出典 1 2 3 4 5 野村宏平、冬門稔弐「11月9日」『ゴジラ365日』洋泉社〈映画秘宝COLLECTION〉、2016年11月23日、319頁。ISBN 978-4-8003-1074-3。 ↑ “映画資料室”. viewer.kintoneapp.com. 2020年3月19日閲覧。 ↑ “映画資料室”. viewer.kintoneapp.com. 2020年3月19日閲覧。 外部リンク 逢沢譲 - allcinema 逢沢譲 - KINENOTE 逢沢譲 - 日本映画データベース Yuzuru Aizawa - IMDb(英語) 典拠管理データベース 全般ISNIVIAF国立図書館ドイツチェコイスラエルその他IdRefYale LUX この項目は、映画関係者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:映画/PJ映画)。表示編集 Related Articles