遍照院 (今治市)
愛媛県今治市にある真言宗豊山派の寺院
From Wikipedia, the free encyclopedia
遍照院(へんじょういん)は、愛媛県今治市菊間町に所在する寺院である。宗派は真言宗豊山派、法佛山 遍照院 日輪寺と号し、四国霊場 中札所 弘法大師やくよけ別願所。本尊は聖観音、開基本尊厄除弘法大師。新四国曼荼羅霊場第42番札所。通称は厄除大師。
| 遍照院 | |
|---|---|
|
本堂 | |
| 所在地 | 愛媛県今治市菊間町浜89 |
| 位置 | 北緯34度1分59.7秒 東経132度50分17秒 |
| 山号 | 法佛山 |
| 宗派 | 真言宗豊山派 |
| 本尊 |
聖観音 弘法大師 |
| 創建年 | (伝)弘仁6年(815年) |
| 開基 | (伝)空海(弘法大師) |
| 正式名 | 法佛山 遍照院 日輪寺 |
| 別称 | 厄除大師 |
| 札所等 |
四国霊場中札所 新四国曼荼羅霊場42番 弘法大師巡錫伊予二十一霊場8番 |
| 公式サイト | やくよけ大師 遍照院 |
| 法人番号 | 3500005005197 |
御詠歌:みな人の 厄をば拂ふ 日輪寺 星のさわりも 何の苦もなく
概要
歴史
平安時代初期の弘仁6年(815年)四国巡錫中の空海(弘法大師)が、当地の峰に霊感を受けて聖観音を刻み寺院を建立した。これが当寺の起源と伝えられている。また、自らの像も刻んで厄除仏として安置し、厄除けの秘法を修し、その秘法を後世まで残したと言われる。
その後、多くの名僧が継承し、明応年間には、高仙城主得井通敦が田園を寄進、安芸の福島、伊予の加藤が土地を寄進するに及んで寺門は隆盛を極めた。しかし、天正年間の兵火により二度の火災を被り、全ての堂宇は焼失したが、厄除大師像のみは残存した。 人々は唯一残った厄除大師像の法力に驚嘆し信仰し、海上交通の帆船は帆を下げ、門前を往来するものは被り物を脱いで礼拝し、厄除けの別願所として再興し、松山藩主の特別祈願所とされ、山主は城中に年に三度参殿し御守護符を献納するようになり、益々多くの信仰を集め興隆した[1]。
