菊間駅

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所在地 愛媛県今治市菊間町浜
北緯34度2分0.32秒 東経132度50分27.15秒 / 北緯34.0334222度 東経132.8408750度 / 34.0334222; 132.8408750座標: 北緯34度2分0.32秒 東経132度50分27.15秒 / 北緯34.0334222度 東経132.8408750度 / 34.0334222; 132.8408750
駅番号 Y45
所属路線 予讃線
菊間駅
駅舎(2020年1月)
きくま
Kikuma
Y44 伊予亀岡 (4.0 km)
(4.7 km) 浅海 Y46
所在地 愛媛県今治市菊間町浜
北緯34度2分0.32秒 東経132度50分27.15秒 / 北緯34.0334222度 東経132.8408750度 / 34.0334222; 132.8408750座標: 北緯34度2分0.32秒 東経132度50分27.15秒 / 北緯34.0334222度 東経132.8408750度 / 34.0334222; 132.8408750
駅番号 Y45
所属事業者 四国旅客鉄道(JR四国)
所属路線 予讃線
キロ程 165.9 km(高松起点)
電報略号 キク
駅構造 地上駅
ホーム 2面2線[1]
乗降人員
-統計年度-
416[2]人/日
-2019年-
開業年月日 1925年大正14年)6月21日[3]
備考 無人駅[4]
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菊間駅(きくまえき)は、愛媛県今治市菊間町浜にある四国旅客鉄道(JR四国)予讃線である[1]。駅番号はY45

年表

かつては一部の急行列車が停車しており、1988(昭和63)年4月ダイヤ改正時点では、下り「うわじま」1号と「いよ」3号が停車していた(上りは全列車通過)[5]

菊間駅は港が近く、面積1400㎡、貯炭能力3000トンの鉄道用燃料貯炭場が設置された。開通一年前の1924(大正13)年6月には神戸の業者がすでに菊間町と交渉を進め、同年11月末には内定。町では貯炭場となる265坪に対し、3円の補償を決定し、港の拡張工事などにも取り組んだ。配炭所には遍照院の裏まで引き込み線を新設し、300坪を充て、15坪の事務所兼宿舎も建築した。石炭は、九州の宮尾より伊予石炭合資会社が購入し、後には松山機関区へ毎月1000~1500トン、西条機関区へは毎月800トンを無蓋貨車にて配給していた[6]

菊間瓦の海上輸送を担った海運業者が、貯炭場の開設に伴い石炭輸送の大型船に転向、海運業がは飛躍した。鉄道輸送による菊間瓦の販路の拡大も大きく、その後、1935(昭和10)年、鉄道省は西四国と中国を結ぶ連絡航路を計画。その航路として菊間~仁方が内定した。しかし、その後の松山・今治の誘致運動に破れ、戦時体制突入により、この計画は変更され、仁堀連絡船(仁堀航路)として営業を開始した。航路開設後に備え旅館の営業許可を受けた家が多く、現在も町の規模や地理的位置の割には比較的多い[7]

駅構造

北側から1番線が上下副本線、2番線が上下本線今治駅方制限速度85km/h、松山駅方制限速度100km/h)で相対式ホーム2面2線を有する地上駅[1]。2つのホームは跨線橋で結ばれている。1番のりば側に駅舎があり、2番のりば側にも駅南側に通じる階段がある。2番のりばには待合室が備えられている。

のりば

のりば路線方向行先備考
1 予讃線 上り 今治伊予西条高松方面  
下り 伊予北条松山伊予市方面 通常はこのホーム
2 停車列車同士の行違い時のみ
  • 特急などの通過列車は上下線共原則2番線を通過するが、停車列車は上下線とも駅舎側の1番のりばを優先的に使用する。

駅周辺

隣の駅

四国旅客鉄道(JR四国)
予讃線
伊予亀岡駅 (Y44) - 菊間駅 (Y45) - 浅海駅 (Y46)

脚注

関連項目

外部リンク

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