道下匡子

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道下 匡子(みちした きょうこ、1942年4月26日[1] - )は、日本作家翻訳家

樺太豊原市生まれ[2]。父親は石川県珠洲郡蛸島村(現・珠洲市)出身で、樺太庁警察部に勤務した[2]医師北海道地域医療に尽くした道下俊一は長兄にあたる[2]。後真岡町に移り、1945年8月のソ連の対日参戦に遭遇する[2]。終結後はソ連占領下の真岡で1年余りを過ごす[2]。1946年12月日本に引揚げた後は、北海道旭川市札幌市で育った[2]北海道札幌北高等学校時代の1960年にAFS交換留学生としてアメリカ合衆国ウィスコンシン州の高校に学び、1967年にウィスコンシン大学卒業後、ニューヨーク国連本部に勤務[2]。1969年、帰国。1997年まで東京アメリカン・センターのアーツ・プログラム・スペシャリストとして、現代アメリカ文化の紹介をするほか、翻訳、執筆を通して、ジョージア・オキーフグロリア・スタイネムを紹介[2]。1995年に亡父の手記と自身や家族などの記憶を元に、前記の樺太での体験を綴ったノンフィクション『ダスビダーニャ、わが樺太』でノンフィクション文学賞蓮如賞優秀作[2]

著書

  • 『センシャル・ライフ 男も翔ぶ女の生き方』(講談社) 1980.8
  • 『ダスビダーニャ、わが樺太』(河出書房新社) 1996.1
  • 『ブルー・アワー』(三一書房) 2008.11

翻訳

脚注

参考文献

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