道後神社 (高山市)
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大古井道後神社
日本三代実録に「授飛騨國正六位上道後神従五位下」の記述があり、国史見在社の一つとされている[1]。
道後神社は高根村に2カ所存在していた。一つは現在の高根村大字上ヶ洞(現・高山市高根町上ヶ洞)、一つは高根村大字大古井(現・高根村大字大古井)である。両社とも国史見在社の道後神の論社であった。
大古井の道後神社が高根第二ダムの建設により大古井、日影の集落が水没することとなり、大古井の道後神社も水没となる。1967年(昭和42年)4月21日、上ヶ洞の道後神社に大古井の道後神社が合祀され、上ヶ洞の道後神社の鎮座地に新たな道後神社として創建する[1]。
社殿の多くは大古井の道後神社より移築されている[2]。上ヶ洞の道後神社の境内社の八幡神社の社殿、能楽殿は移築され、高山市旭ケ丘町の旭ケ丘八幡神社社殿になっている[3][4]。
創建時期は不詳。境内地は古代の神籬祭場の遺跡があり、古くから信仰の場であった[3]。
かつては八幡神社と称していた[3][5]。1908年(明治41年)に津島神社を合祀、同時に大古井神社に改称[5]。
1952年(昭和27年)に岐阜県神社庁の許可を受け、道後神社に改称する[5]。
上ヶ洞道後神社
創建時期は不詳。かつては神明神社と称し、本殿に天照大神と道後大神が祀られていた[3]。
1939年(昭和14年)、岐阜県に道後神社への改称を申請したが、国史見在社の道後神社であるという詮議が困難であるとし保留される[6]。その後1946年(昭和21年)に近代社格制度が廃止されると単立神社となり、道後神社に改称する[3]。1958年(昭和33年)に神社本庁(岐阜県神社庁)に復帰する[3]。
主祭神
- 道後大神
配神
- 天照大御神
- 国護主神