道頓堀アリーナ
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施設
歴史
2007年9月8日、フェスティバルゲートに大阪プロレスの本社機能兼常設会場としていたデルフィンアリーナをパチスロ店跡に移転させる形で開業。当初の名称はデルフィンアリーナ道頓堀。
2009年5月3日、大阪プロレス旗揚げ10周年を機に名称を大阪ミナミ ムーブ・オン アリーナに変更。
2012年10月、施設の老朽化などを理由に閉鎖が決まってナスキーホール梅田に移転[2]。20日の大阪プロレス「Mアリファイナル」が最後の大会となる。
2013年5月、名称を道頓堀アリーナに変更してプロレス会場としての機能が復活して復活興行第1弾として大阪プロレスを退団したばかりの空牙が自主興行「道頓堀プロレス」を15、16、23、30日の日程で開催[3]。管理、運営は空牙と知己の人物が行う。7月7日、興行組織「道頓堀エンターテイメントシステム」の常打ちとして使用して事務所も道頓堀アリーナに同居[4]。7月24日、OSAKA女子プロレス[5]を皮切りに他団体も興行を開催。ナスキーホールと比べて一体感もあり使用料も安いことなどから多くのプロレス及び格闘技団体が興行を開催(中には一時期、ナスキーで開催していたのを鞍替えした団体もある)[6]。9月1日、道頓堀エンターテイメントシステムが団体化した道頓堀プロレスの旗揚げ戦を開催[7]。
2014年3月2日、ダブプロレスの「道頓堀アリーナ THE FINAL〜明日また生きるぞ〜」を最後に閉鎖[8]。12月、クラブ「AGEHA OSAKA」がオープンしてダブプロレスが不定期に興行を開催していた。2015年10月、閉店[9]。