達如
江戸時代後期の浄土真宗の僧。東本願寺二十代法主。子に娘、達空、朗晶、娘、娘、娘、朗高
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経歴
本ページでは、年齢は、数え年。日付は、暦の正確性、著作との整合を保つ為、寛政9年(1797年[2] )までは、宝暦暦表示。寛政10年(1798年)から、天保14年12月29日(1844年2月17日)までは、寛政暦表示。天保15年1月1日(1844年2月18日)からは、天保暦表示とする(歿年月日を除く)。また本山は、「本願寺」が正式名称だが、「西本願寺」との区別の便宜上、「東本願寺」と表記。
- 安永9年1月26日[3][注釈 1](1780年3月1日)、第十九代法主 乗如の子として誕生。
- 寛政4年(1792年)2月19日、得度。
- 同年2月22日、父・乗如の示寂にともない、第二十代法主を継承。
- 文政6年(1823年)11月、境内からの出火。両堂再焼失。
- 文政8年(1825年)、本堂・再建を発願。
- 天保6年(1835年)3月、落成。
- 弘化3年(1846年)、次男・厳如(大谷光勝)に法主を委譲、渉成園に退隠する。
- 安政5年(1858年)、大火により両堂焼失。
- 元治元年(1864年)禁門の変(蛤御門の戦い)による戦火のため、両堂以下諸堂焼失。
- 慶応元年11月4日(1865年12月21日[2])、86歳にて示寂。