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達磨寺 (高崎市)

高崎市にある寺院 From Wikipedia, the free encyclopedia

達磨寺(だるまじ; 英: Shorinzan Daruma Temple)は、群馬県高崎市にある黄檗宗の寺院。鼻高丘陵の北斜面に位置する禅寺である[2]。山号は少林山[2]。縁起だるま発祥の地とされ、少林山七草大祭だるま市(高崎のだるま市)で知られる[2]。また建築家ブルーノ・タウトが2年ほど過ごし、助監督時代の黒澤明が脚本化した「達磨寺のドイツ人」の舞台でもある。「上毛かるた」では、「縁起だるまの 少林山」として「え」の札に採録されている。

所在地 群馬県高崎市鼻高町296
位置 北緯36度19分50秒 東経138度57分25秒
山号 少林山
宗旨 黄檗宗
概要 達磨寺, 所在地 ...
達磨寺

霊符堂(本堂)
所在地 群馬県高崎市鼻高町296
位置 北緯36度19分50秒 東経138度57分25秒
山号 少林山
宗旨 黄檗宗
本尊 十一面観音 • 北辰鎮宅霊付尊神
創建年 正徳2年[1]
正式名 少林山鳳台院達磨寺
公式サイト 少林山達磨寺
法人番号 9070005002134 ウィキデータを編集
達磨寺 (高崎市)の位置(群馬県内)
達磨寺 (高崎市)
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歴史

1881年(明治14年)6月14日の火災によって寺院と共に古文書の大半が焼失してしまい、創建などの詳細については不詳となってしまった。(田島武夫 1973)によれば、(戦時に供出されてしまった)煩鐘の鐘銘に「正徳2年壬竜猛夏仏生日洞山卅六世少林二世天湫出撰」と記載があったと指摘し、正徳2年(西暦1712年)には成立していたと考えてよいとしている。

一説には元禄10年(1697年)に前橋藩主・酒井雅楽頭忠挙が渡来僧の東皐心越禅師を迎えて建てられたという[2]。また『上野国史』では享保7年(1722年)に前橋城主・酒井雅楽頭忠知の懇請をいれて開山水府公護持の霊符を謹請し鎮護国家・武運長久の祈願所としたとある[1]。また一説には古くからこの地に観音堂があり、延宝年間(1673年~1681年)この地を訪れた一了が達磨禅師の像を彫って安置したと言う。といった具合に諸説様々である。

当初は曹洞宗であったが、明治になって黄檗宗に改まった。

縁起だるま発祥の地としても知られ、境内の達磨堂には日本各地のだるまが展示されている[2]。また、毎年1月6日から7日にかけて少林山七草大祭だるま市が開催される[2]。九代目の東嶽禅師が、天明の大飢饉(1783年~1787年)により窮乏した村人を救うため、一筆だるまのお札をもとに張り子だるまの作り方を教えたのがだるま市の始まりとされる[3]。

文化財

  • 洗心亭(県指定史跡)[2] - 日本建築の紹介者ブルーノ・タウト夫妻が1933年(昭和8年)から滞在し著作に専念した場所で、1936年(昭和11年)にイスタンブールに移り住むまでの期間を過ごした[2]。
  • 達磨大師立像(市指定文化財)

参考画像

交通アクセス

脚注

参考文献

外部リンク

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