遠州大念仏
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歴史
この大念仏は、三方ヶ原の戦いおよび犀ヶ崖の戦いで犠牲となった人を弔うために始まった[2]。この戦いで命を落とした武田勢兵士の怨念がもたらしたとされる夜な夜な響き渡る呻き声や叫び声の他、疫病の発生やイナゴ等の病害虫の大量発生といった災悪が発生し、その武田勢の鎮魂のために徳川家康に迎え入られた宗円僧侶の下、行われる行事になった。ただし、以前から伝承されていた雨乞いや虫送りの習俗が融合しているといわれている[1]。
江戸時代には遠州各地で大念仏が広まり、大念仏の組が徒党を組んで争いを起こすようになり、禁止令や取締令が出されることもあった[1]。また、明治時代には盆供養を質素に行うよう県が命令を出したこともある[1]。
1930年(昭和5年)には「遠州大念仏保存会」が結成された[1]。しかし、太平洋戦争中は中断を余儀なくされた[1]。
2020年及び2021年は新型コロナウイルス(COVID-19)の感染拡大状況を鑑み、遠州大念仏の全面的な自粛が発表されたが(ほぼすべての組が中止)、2022年には約8割の組が再開した[3]。