遠江松井氏
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発祥
足利氏に従い今川氏に属す
遠州国人となる
その裔孫松井宗能(山城守)はその父・松井某(山城守、名は義行とも)の忠節(戦死の功とも)により、永正10年(1513年)8月28日(旧暦)に今川氏親から遠江国鎌田御厨領家分を与えられ、その嫡子貞宗は大永8年(1528年)3月に父・宗能から家督の譲渡を受け、同国の平川郷堤城主となって、松井氏は遠江国の国人かつ戦国大名・今川氏の主要な家臣となる。
二俣城主となる
宗能の子・貞宗の長男信薫(左衛門亮)は永正11年に遠州国人の二俣氏に替わり二俣城(静岡県浜松市天竜区)の城主になり、信薫が病死した享禄2年(1529年)にその弟・宗信(左衛門佐)へと継がれた。宗信は今川義元の三河進出の先鋒として出征し、天文年間から三河国各地で歴戦したが、義元の三河・尾張方面への親征に具奉した永禄3年(1560年)桶狭間の戦いで織田信長に敗れ主君・義元と共に戦死した。