昭和天皇は、毎年夏に栃木県の那須御用邸に1か月から2ヶ月ほど滞在しており、滞在中は御用邸敷地内の森を散歩しながら植物調査を行っていた[1]。調査を行う中で、那須地方が植物分布上重要な位置にあるにもかかわらず、まとまった植物誌がないと考え、自らが執筆する考えに至った[2]。
1960年(昭和35年)、進講などで面識があった本田正次(東京大学名誉教授)、佐藤達夫(前法制局長官)、木村有香(東北大学教授)、北村四郎(京都大学教授)、原寛(東京大学)の協力を仰ぎ編集作業を開始[3]。追加的な植物採集や写真撮影、座談会などで内容を詰め、天皇自ら業務の合間に校正作業を行った[4]。巻頭には香淳皇后が描いたサワギキョウ(日本画)を配した。
また、序文では「毎年、夏を那須で過ごす。6月に来たこともあるがごくわずかで、主として7月半ばから9月のはじめまでである。それをしあわせとして、付近の自然を楽しむことにしている」と記した[5]。
本書は1962年(昭和37年)の天皇誕生日に三省堂から刊行。翌1963年(昭和38年)に出版後に新たに見出された植物164種と変種16種、学名の訂正等を収録した『那須の植物 追補』と題する小冊子が発行された。