邵雍
1011-1077, 北宋時代の儒学者。字は堯夫。百源先生・安楽先生と称された。
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略伝と性格
涿州范陽県の出身。幼いときに父に従い衛州共城県蘇門山の百源(現在の河南省新郷市輝県市)に移住。若い頃から自負心が強く己の才能をもってすれば先王の事業も実現できるとし、郷里に近い百源のほとりに庵をたてて刻苦勉励した。この間、宋初の隠者の陳摶の系統をひく李之才(字は挺之)から『易経』の河図洛書と先天象数の学を伝授された。やがて自分の学問の狭さを自覚し、各地を遊歴して土地の学者に教えを請い見聞を広めたが、道は外に求めて得られないと悟り、帰郷して易学について思索を深めた。39歳頃に洛陽に移住し、以後亡くなるまでこの地で儒学を教えた。
邵雍は貧しかったが富弼・司馬光・程氏兄弟(程顥・程頤)・張載などの政学界の大物を知己とし、ものにこだわらない豪放洒脱な人柄から「風流の人豪」ともいわれ、洛陽の老若男女に慈父のように慕われた。晩年に天津橋上で杜鵑(ホトトギス)の声を聞き、王安石の出現と政界の混乱を予言した逸話[1]は、邵雍の易学の一端をうかがわせる。
